著者
井手 聡一郎 南 雅文 佐藤 公道 曽良 一郎 池田 和隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.11-15, 2005 (Released:2005-03-01)
参考文献数
43

近年,疼痛緩和ケアが重視される中で,情動が病態や治療に与える影響が注目されている.オピオイド神経系は,情動の中でも快と痛みに深く関係しており,その作動薬であるモルヒネなど麻薬性鎮痛薬は有用な鎮痛効果をもたらす.また,痛みを感じている状況下では依存が形成されないことなどから,オピオイドの快と鎮痛作用が分離出来る可能性が示唆されている.近年,ノックアウトマウスを用いた実験などでは,麻薬性鎮痛薬の主たる作用部位であるµオピオイド受容体が,モルヒネを始めとした多くの麻薬性鎮痛薬の鎮痛効果,報酬効果において中心的な役割を果たすことが示されてきた.しかし,オピオイド鎮痛薬の一つであるブプレノルフィンでは,µオピオイド受容体が欠損すると,鎮痛効果は完全に消失するが,報酬効果は残存することが明らかになった.オピオイドによる快と鎮痛発生機構はやはり一部異なると考えられる.また,アルコールや覚醒剤の報酬効果と鎮痛効果においてもメカニズムの違いが明らかになりつつある.快と痛みの詳細なメカニズムの解明は,Quality of Life(QOL)の向上をもたらすと考えられ,今後さらなる研究が期待される.
著者
南 雅文 佐藤 公道
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.5-9, 2005 (Released:2005-03-01)
参考文献数
4

「痛み」は感覚的成分(sensory component)と感情的あるいは情動的成分(affectiveあるいはemotional component)からなる.これまでに感覚的成分に関しては精力的に研究されその分子機構も次第に明らかになりつつあるが,感情的成分に関する研究は未だ緒についたばかりである.本稿では,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」における扁桃体の役割とそれに関連する神経情報伝達機構について筆者らの研究成果を紹介する.ホルマリン後肢皮下投与により惹起される体性痛(somatic pain)により扁桃体基底外側核においてc-fos mRNA発現が誘導されたが,扁桃体中心核では発現誘導されなかった.一方,酢酸腹腔内投与による内臓痛(visceral pain)ではc-fos mRNA発現は中心核で誘導されるが,基底外側核では誘導されなかった.また,ホルマリンにより惹起される場所嫌悪反応は,基底外側核あるいは中心核のいずれかを予め破壊することで著しく抑制されたが,酢酸による場所嫌悪反応は,中心核の破壊によってのみ抑制され基底外側核の破壊では影響を受けなかった.これらの結果は,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」に関わる神経回路が,体性痛と内臓痛とでは異なることを示唆している.ホルマリンによる体性痛の際には基底外側核においてグルタミン酸遊離が増加し,NMDA受容体拮抗薬の基底外側核への局所投与によりホルマリンによる場所嫌悪反応が抑制された.さらに,基底外側核へのモルヒネ局所投与はホルマリンによるグルタミン酸遊離と場所嫌悪反応をともに抑制した.これらの知見は,ホルマリン投与により引き起こされる「負の情動反応」に基底外側核でのNMDA受容体を介した神経情報伝達が重要な役割を果たしていることを示唆している.また,モルヒネがこの情報伝達を抑制的に調節することも明らかとなり,モルヒネの鎮痛作用には,「痛み」の感覚的成分である痛覚情報伝達を抑制するという直接的な作用機序だけでなく,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」を抑制するという作用機序も関与していることが考えられる.

1 0 0 0 OA 苦痛の薬理学

著者
佐藤 公道
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.1, pp.13-18, 2007 (Released:2007-01-12)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

痛み(痛覚)に関する研究は,複雑であるが故に,他の感覚(視・聴・触・味・嗅)に比べて遅れている.生理的に重要な生体警告系の痛み以外の痛み(感覚と情動両面)はヒトのQOLを低下させる要因である.痛みを完全にコントロールする術を手に入れるために,動物実験は不可欠である.本稿では,痛みの定義,動物における神経因性疼痛を含む痛みの評価法と動物モデル,感覚としての痛みの成立機序について,筆者の独断と偏見を交えて概説し,さらに,研究が緒についたばかりである痛みに伴う負の情動と扁桃体の関連についての筆者らのデータを紹介する.