著者
南 雅文 金田 勝幸 井手 聡一郎
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011-04-01

脳内分界条床核において、神経ペプチドであるCRFとNPYによる神経情報伝達が、痛みによる不快情動生成において相反的な役割を果たすことを明らかにした。また、これら神経ペプチドが分界条床核II型神経細胞に選択的に作用し、その活動をCRFは促進し、NPYは抑制することを示した。さらに、組織学的解析により、分界条床核II型神経細胞の活動亢進が、腹側被蓋野ドパミン神経の活動を抑制することにより不快情動を惹起する可能性を示し、痛みによる不快情動生成の神経機構を明らかにした。
著者
中川 貴之 南 雅文
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

ATPを脊髄くも膜下腔内に投与すると、持続時間の短い機械的痛覚過敏が惹起され(〜20分)、引き続き、投与15〜30分後にアロディニアが誘導され、その後3〜4週間持続する長期持続性アロディニアが惹起された。本モデルでの脊髄内グリア細胞の活性化の経時変化を検討したところ、ミクログリアは比較的早い時期(誘導〜移行期)、少し遅れてアストロサイトが活性化された(移行〜維持期)が、その後、アロディニアは持続しているにも拘わらず、どちらも定常状態に戻りつつあった。さらにミクログリアおよびアストロサイトの活性化阻害薬、および数種のMAPK阻害薬を用いた検討などから、それぞれの活性化状態を示す時期と対応してアロディニアの惹起に関与することを示した。これらは、脊髄内のミクログリアは主に慢性疼痛の誘導に、アストロサイトは慢性疼痛への移行に関与することを示している。また、主にアストロサイトに発現するグリア型グルタミン酸トランスポーターGLT-1は、炎症性疼痛モデルおよび神経因性疼モデルにおいて、その発現量あるいは細胞膜における局在量が減少していた。組込えアデノウイルスを用いて脊髄内にGLT-1遺伝子を導入すると、急性痛に対しては影響を与えないものの、炎症性疼痛や神経因性疼痛の発症をほぼ抑制した。これらの結果は、アストロサイトによるGLT-1を介したグルタミン酸取り込み機構の破綻が、慢性疼痛発症に重要な役割を果たしていることを示す。さらに、このGLT-1局在変化の分子機構を明らかにするため、GLT-1-EGFP融合タンパク質を導入できる組換えアデノウイルスを作成し、培養神経-グリア共培養系を用いてタイムラプス顕微鏡下でアストロサイトでのGLT-1の局在変化を解析した。その結果、グルタミン酸の処置によりGLT-1は1時間以内に細胞内に移行しクラスター状に集積すること、また、GLT-1を介したNa^+流入が必須であることを明らかにした。
著者
南 雅文
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.57, no.9, pp.910-915, 2017 (Released:2017-09-01)
参考文献数
12

ヒトを含む哺乳類は, 危険な場所や時間帯において, また, 疾患や傷害を患った際に, 自らの行動を抑制し周囲に対する警戒を高めることで身を守る生体防御システムとして, 抑うつや不安などの陰性情動生成機構を獲得・進化させてきたと考えられる. したがって, うつ病や不安障害, 心身症のメカニズムを理解するためには, 生体防御システムとしての陰性情動生成機構を明らかにしたうえで, 患者や病態モデル動物における神経機構の変化を解析することが必要である. 筆者らは, 分界条床核と呼ばれる脳部位に着目して研究を進め, CRFやノルアドレナリンによる分界条床核2型神経細胞活性化が, 3本のGABA神経を介して腹側被蓋野ドパミン神経を抑制することで痛みによる陰性情動を生成する可能性を示してきた. 分界条床核を起点とする神経回路が, 痛みによる陰性情動とうつ病などの精神疾患, さらには, 心身症に共通する神経基盤として重要である可能性が考えられる.
著者
井手 聡一郎 南 雅文 佐藤 公道 曽良 一郎 池田 和隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.11-15, 2005 (Released:2005-03-01)
参考文献数
43

近年,疼痛緩和ケアが重視される中で,情動が病態や治療に与える影響が注目されている.オピオイド神経系は,情動の中でも快と痛みに深く関係しており,その作動薬であるモルヒネなど麻薬性鎮痛薬は有用な鎮痛効果をもたらす.また,痛みを感じている状況下では依存が形成されないことなどから,オピオイドの快と鎮痛作用が分離出来る可能性が示唆されている.近年,ノックアウトマウスを用いた実験などでは,麻薬性鎮痛薬の主たる作用部位であるµオピオイド受容体が,モルヒネを始めとした多くの麻薬性鎮痛薬の鎮痛効果,報酬効果において中心的な役割を果たすことが示されてきた.しかし,オピオイド鎮痛薬の一つであるブプレノルフィンでは,µオピオイド受容体が欠損すると,鎮痛効果は完全に消失するが,報酬効果は残存することが明らかになった.オピオイドによる快と鎮痛発生機構はやはり一部異なると考えられる.また,アルコールや覚醒剤の報酬効果と鎮痛効果においてもメカニズムの違いが明らかになりつつある.快と痛みの詳細なメカニズムの解明は,Quality of Life(QOL)の向上をもたらすと考えられ,今後さらなる研究が期待される.
著者
南 雅文
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.49, no.8, pp.877-884, 2009-08-01 (Released:2017-08-01)
参考文献数
8

痛みは,侵害刺激が加わった場所とその強さの認知にかかわる感覚的成分と侵害刺激受容に伴う不安,嫌悪,恐怖などの負の情動(以下,不快情動)の生起にかかわる情動的成分からなる.痛みによる不快情動生成における扁桃体の役割を検討したところ,体性痛に関する情報は基底外側核(BLA)を経て中心核(CeA)に入った後,一方,内臓痛に関する情報はBLAを介さずCeAに入った後,不快情動を生成する可能性が示された.この体性痛による不快情動生成には,BLA内グルタミン酸神経情報伝達が重要であること,モルヒネがこの情報伝達を抑制的に調節することも明らかにした.さらに,"extended amygdala"を構成する脳領域である分界条床核において,痛み刺激によりノルアドレナリン遊離が促進され,このノルアドレナリンによるβ受容体を介した神経情報伝達亢進もまた痛みによる不快情動生成に重要であることを明らかにした.
著者
南 雅文 佐藤 公道
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.5-9, 2005 (Released:2005-03-01)
参考文献数
4

「痛み」は感覚的成分(sensory component)と感情的あるいは情動的成分(affectiveあるいはemotional component)からなる.これまでに感覚的成分に関しては精力的に研究されその分子機構も次第に明らかになりつつあるが,感情的成分に関する研究は未だ緒についたばかりである.本稿では,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」における扁桃体の役割とそれに関連する神経情報伝達機構について筆者らの研究成果を紹介する.ホルマリン後肢皮下投与により惹起される体性痛(somatic pain)により扁桃体基底外側核においてc-fos mRNA発現が誘導されたが,扁桃体中心核では発現誘導されなかった.一方,酢酸腹腔内投与による内臓痛(visceral pain)ではc-fos mRNA発現は中心核で誘導されるが,基底外側核では誘導されなかった.また,ホルマリンにより惹起される場所嫌悪反応は,基底外側核あるいは中心核のいずれかを予め破壊することで著しく抑制されたが,酢酸による場所嫌悪反応は,中心核の破壊によってのみ抑制され基底外側核の破壊では影響を受けなかった.これらの結果は,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」に関わる神経回路が,体性痛と内臓痛とでは異なることを示唆している.ホルマリンによる体性痛の際には基底外側核においてグルタミン酸遊離が増加し,NMDA受容体拮抗薬の基底外側核への局所投与によりホルマリンによる場所嫌悪反応が抑制された.さらに,基底外側核へのモルヒネ局所投与はホルマリンによるグルタミン酸遊離と場所嫌悪反応をともに抑制した.これらの知見は,ホルマリン投与により引き起こされる「負の情動反応」に基底外側核でのNMDA受容体を介した神経情報伝達が重要な役割を果たしていることを示唆している.また,モルヒネがこの情報伝達を抑制的に調節することも明らかとなり,モルヒネの鎮痛作用には,「痛み」の感覚的成分である痛覚情報伝達を抑制するという直接的な作用機序だけでなく,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」を抑制するという作用機序も関与していることが考えられる.