著者
佐野 潤一
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.70, no.588, pp.229-235, 2005

コート・ハウスという言葉はニューヨーク近代美術館での1947年ミース・ファン・デル・ローエ展に添えたフィリップ・ジョンソンによるミースのモノグラフにおいて初めて登場し、その一連の作品はミースが「熱心に追求したテーマの一つ」で、「1930年代の最も際立った業績」などと評価されている。それらの中に、1934年の「三つの中庭を持つコート・ハウス」と「ガレージを持つコート・ハウス」(Fig.1,5)二作がある。前者は直線的、後者は曲線的と対照的ではあるが、両者はミース存命中のほとんどの作品集などに掲載され、さらには「ミースの空間概念の洗練化、理想化」などと賞賛もされている。つまり二つのコート・ハウスはミースにとって、とりわけ満足のいく作品であったと判断できよう。さてミースはアルベルティーの著名な美の定義を思わせる自らの建築原理について語っている。「我々は部分相互、及び部分と全体との首尾よき関係を達成する手段としての有機的秩序の原理を強調する。…我々は個々の要素に、それらに相応しい場所を割り当てる秩序を持たねばならない」。とすれば、洗練された理想的な二つのコート・ハウスは当然この「首尾よき関係」を十分に達成しているはずであり、まさにその解明には最適の事例と言えよう。二つのコート・ハウスの歴史的な背景などはかなりよく調べられている。しかし形態的な本質、特に「首尾よき関係」の形態的側面はこれまでほとんど言及されていない。筆者はこれまでの研究で、ミースの傑作とされる諸作品について、「個々の要素に、それらに相応しい場所を割り当てる」ために、共線性や黄金分割などの特別な幾何学的関係が使用された可能性を導出している。さて二つのコート・ハウスでは「首尾よき関係」達成のためにいかなる幾何学的関係が使用されたのか。また「首尾よき関係」は具体的にはどのように達成されているのか。この問題はミースの知られざる設計手法の解明につながっている。そこで本稿では二つのコート・ハウスの平面を幾何学的関係の観点から分析、考察し、問題の解明を試みた。「三つの中庭を持つコート・ハウス」(Fig.1)の平面は、煉瓦造田園住宅案の壁の配置やバルセロナ・バビリオンの規則的に配置された柱を思わせるが、建物全体を矩形の壁が完全に囲むやり方は初めてで、平面全体はユニークである。一見自由な配置に見えるが、屋内の主要な独立壁(Fig.2:FG,HI,JE)の端部は一直線上に並んでいる(FHJ)、つまり共線的である。さらにファニチャーの角や建物の主要な角なども一直線上にある。つまり個々の部分は共線性によって関係付けられていると言える。外周壁に囲まれた敷地全体(Fig.3:ABCD)は床目地のグリッド数で24×39、その比は1:1.625、黄金比と言える。そして敷地右短辺上に正方形をつくると、その左辺はちょうど暖炉の中心、つまりリビングの中心軸に一致する。次に残りのエリアの上方短辺上に正方形をつくると、その下辺は寝室の中心軸に一致する。さらに残りのエリアで同様な正方形をつくるとその一辺はバスルームと小コートを分ける煉瓦壁の左面に一致し、さらに正方形をつくると、一辺は柱の軸線に一致する。これらの一致が偶然であるとは考えられない。つまり敷地全体の矩形とT字型の建物部分の基本構造は黄金矩形の回転正方形によって関係付けられていると言える(Fig.3)。最後に敷地全体、T字型部分両者と屋内の独立壁などとの関係はどうか。三つの主要な壁(Fig.4:FG,HI,JE)はバスルームあたりを中心に回転するように配置されているが、玄関へ伸びるアプローチ(q)とT字型平面がこの回転を強めているように見える。興味深いことにこの回転は全体の回転正方形の螺旋運動とまさに同調しており、両者の関係が推測できる。「ガレージを持つコート・ハウス」(Fig.5)の平面と曲線要素については、ル・コルビュジェのサボア邸やフーゴー・ヘーリングの作品、さらにはミース自身のトゥーゲントハット邸からバルセロナ・チェアーの脚までさまざまな先例を指摘できるが、平面全体はあくまでもユニークである。特徴的なカーブした壁の端部やガレージの角は一直線に並んでいる(Fig.6:OPR,QST)。外周壁の角や屋外ファニチャーなども共線的である。興味深いことにリビングのカーブした壁は円弧をなすが、その円弧の円の中心(f)はちょうど敷地全体の対角線(AC)上にあり、これも共線的である。壁や屋外ファニチャー、さらに壁のカーブの中心点さえ共線性によって緊密に関係付けられている。ポーチの突出を除いた敷地全体はグリッド数で24×48、ダブルスクエアである(Fig.7)。また外周壁に囲まれた右コートと屋根の架かったエリア(AEFD)の短辺長辺比は1:1.6で黄金比に近く、またこの矩形を二分する中心線(GH)はちょうど屋根の右端に一致する。ここでも建物部分の配置に黄金矩形が介在した可能性が導出できる。この矩形(Fig.8:AEFD)内に回転正方形を描いていくと各正方形の辺の位置にいくつかの要素が一致する。さらに回転正方形の螺旋を描くとそのカーブは主要な要素など、つまり屋外ファニチャー、バスルームのカーブした壁、斜めのガレージの壁、リビングとキッチンのカーブした壁、使用人室の半円状の壁、ポーチの柱とことごとく対応、同調している。これらが全くの偶然とは考え難い。前例の螺旋と諸要素との関係をも考え合わせると、両案ともに黄金矩形の回転正方形が介在したと判断できる(Fig.4,8)。両者は一見対照的に見えるが、以上のようにそこには同じ見えざる幾何学的関係、つまり螺旋と共線性の存在が導出された。自由な構成はバラバラな印象につながりやすいが、両平面においては共線性が個々の部分のつながりをつけ、回転正方形の螺旋がそれらを全体的な一つのまとまりにし、かつ全体とも関係付けている。螺旋と共線性は両平面の形態上の特徴であり、「首尾よき関係」につながっていると言えよう。ミース作品において黄金比が特別なプロポーションの実現ばかりか、回転正方形の螺旋によって個々の部分をまとめ、かつ全体とも関係付けていることは特に興味深い。
著者
佐野 潤一
出版者
日本建築学会
雑誌
日本建築学会計画系論文集 (ISSN:13404210)
巻号頁・発行日
vol.59, no.466, pp.183-188, 1994
被引用文献数
5 5

At first glance the Golden Ratio is not seen in the plan of Farnsworth House by Mies van der Rohe, but actually it is used there. The walls of the H -shape core including bathrooms devide the whole plan into four rectangles - living, dinning, kitchen and bedroom. Each ratio of a long side to a short side of the living, the dinning and the bathrooms is close to the Golden Ratio. And moreover there are close connections between the rectangles. These-facts show that there was a figure which consists of the Golden Rectangles to make the plan. So it is found that Mies intentionally used the Golden Ratio.