著者
倉田 容子
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.127-142, 2014

本稿は、三枝和子のフェミニズム理論の今日的意義を明らかにすることを目的とする。従来、三枝のフェミニズムは「女性原理派」と目され、正当な評価を得てこなかった。本稿ではまずギリシア悲劇に関する三枝の評論を検討し、その論理展開における脱構築の手続きと「女性原理」の内実を明らかにし、従来の評価に修正を試みた。その上で、『鬼どもの夜は深い』における妊娠・出産の意味づけと共同体滅亡のプロットについて検討し、欠落としてのみ表象される亡霊的な「女性原理」の戦略性を明らかにした。さらに、こうした「女性原理」の概念を同時代の文脈において捉え直し、八〇年代に萌した身体の(再)規範化をめぐるフェミニズムの二つの潮流に対する三枝の位相を検証した。
著者
倉田 容子
出版者
昭和文学会
雑誌
昭和文学研究 (ISSN:03883884)
巻号頁・発行日
vol.63, pp.13-25, 2011-09
著者
倉田 容子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.61, no.12, pp.34-44, 2012-12-10 (Released:2018-01-25)

本稿では、『悪魔の手毬唄』の物語構造を一九五〇年代後半の農村表象という文脈から照射し、パロディとして引用された『楢山節考』との批評的距離を検討した。『悪魔の手毬唄』には同時代の農村の「リアリティ」が織り込まれるとともに、「リアリティ」と手毬唄に代表されるフォークロアとの結節点において、戦前・戦後のそれぞれ異質な排除をめぐる暗闘が刻印されている。農村の封建的秩序を主なモティーフとしてきた金田一シリーズの転換を見定めつつ、〈戦後啓蒙〉の語りからも反動的なナショナリズムからも身をそらす『悪魔の手毬唄』の農村表象の位相を明らかにした。
著者
倉田 容子
出版者
お茶の水女子大学21世紀COEプログラムジェンダー研究のフロンティア
雑誌
F-GENSジャーナル
巻号頁・発行日
no.8, pp.37-45, 2007-07

芥川龍之介『羅生門』(1915)に登場する老婆は、「死骸」の臭気が充溢する場で、「死骸」の中に蹲りながら、「死骸」と向き合う形で登場し、さらに「肉食鳥」「鴉」「蟇」といったネガティブな比喩表現によって造形されている。このような老婆表象は、従来、下人の心理を中心とするストーリーとの整合性において意味づけられてきた。しかし本稿では、むしろその整合性を脱自然化すること、すなわち妖怪や魔物を連想させるネガティブな視覚的・聴覚的表現と、老婆に対する下人の「憎悪」や「侮蔑」といった感情、さらに下人の老婆に対する加害行為という三つの要素を結びつける暴力的なレトリックの回路を、同時代的なインターテクスチュアリティの観点から解体することを試みる。それにより、これまで古典文学に起源を求められてきた老婆表象が、同時代的なジェンダー/エイジング規範と響き合うものであり、下人の心理もまたそうした規範性と不可分なものであることを明らかにした。