- 著者
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助重 雄久
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2007年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.112, 2007 (Released:2007-11-16)
I はじめに
政府は訪日外国人によるインバウンド観光を内需拡大や地域振興につながる重要課題と位置づけ、2002年に「グローバル観光戦略」を策定した。2003年4月には「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が開始され、外国人誘致に向けたさまざまな取り組みが進められている。
こうしたなかで、長崎県対馬では釜山との間に国際定期航路が開設されたのを機に、多数の韓国人旅行者が来訪するようになり、韓国人を積極的に受け入れる宿泊施設や韓国資本経営のホテルもみられるようになった。一方で、韓国人旅行者をめぐるトラブルも起きており、韓国人に対する不信感を募らせる島民も少なくない。本報告では対馬におけるインバウンド観光の展開について考察するとともに、受け入れにあたっての課題も検討する。
II 韓国人旅行者の受け入れに向けた取り組み
1.定期国際航路の開設
対馬では1990年代から韓国との定期国際航路の開設が模索され、1997年には博多-釜山を結ぶ「ビートル2世号」の臨時寄港が実現した。1999年には高速船が厳原-釜山に不定期就航し2000年には定期運航となった。また2001年からは厳原港と比田勝港に交互入港するようになった。
定期国際航路の利用者は2000年には17,438人であったが、2006年には86,852人(うち韓国人は83,878人)となった。厳原港と比田勝港の外国人出入国者数の合計は全国の港湾・空港のなかで第14位に相当し、長崎港や福岡以外の九州内各空港をも上回った。
2.行政・観光物産協会による受け入れ体制の整備
旧上県・美津島・厳原の3町が招いた韓国人の国際交流員は文書の翻訳や通訳、韓国語講座の講師等で活躍してきた。対馬市や対馬観光物産協会は、外国語表記の道路標識や観光案内標識の設置やデザインの統一、韓国語版観光パンフレットの作成に力を入れてきた。標識は日本語・韓国語・英語・中国語で表記され、観光地の紹介文は日本文の内容をそのまま各国語に訳して外国人旅行者にも日本人旅行者と同じ情報量を提供できるよう配慮した。またパンフレットも日本語版と同じ仕様で同等の情報量を提供できるようにした。
III 宿泊施設における受け入れの現況
宿泊施設38軒を対象とした聞き取り調査によれば、受け入れ経験がある施設は30軒あったが、うち8軒は韓国人とのトラブルを機に受け入れをやめていた。また、14軒は個人や小グループのみを受け入れ、団体は断っていた。受け入れに消極的な施設は概して小規模で、日本人常連客に配慮して受け入れを断る場合が多くみられた。
韓国人を受け入れている施設は厳原市街や美津島町南部(下島)に集中していた。これらの地域では宿泊施設だけでなく周辺の飲食店、大型スーパー等にも経済効果が及んでいる。いっぽう、厳原や美津島から離れた地域では拒否反応が強かった。とくに比田勝港周辺は受け入れに難色を示す宿泊施設が目立った。比田勝港で入出国する韓国人旅行者は、厳原のホテルの送迎バスを利用し比田勝港周辺の飲食店や土産店等には立ち寄らないため、比田勝港周辺への経済効果は非常に小さい。
IV 受け入れにあたっての課題
宿泊施設が受け入れに難色を示す原因としては「臭い」、「料金面で折り合わない」、「ゴミをちらかす」、「直前にキャンセルする」、「トイレの使い方が異なる」、「日本人に迷惑をかける」などがあげられた。これらは食文化や入浴習慣の違い、キャンセル料支払い慣習の有無など、社会的慣習の違いに起因するものも多い。インバウンド観光では国による慣習の違いが受け入れの障壁となることも多い。
近年、対馬では韓国人釣り客によるまき餌が問題となり、島内漁民の反発が強まった。しかし、多くの釣り客は外国人のまき餌を禁止する法律を知らないため不満が増大している。韓国人釣り客の足は対馬から遠のきつつあり、浅茅湾周辺の民宿経営に悪影響を及ぼしはじめている。
また、近年は釜山の免税店で免税の適用を受ける目的で対馬に日帰りする韓国人旅行者が増えてきた。日帰り旅行者の増加は厳原市街の宿泊施設や飲食店にも深刻な打撃を与えかねない。
対馬市は平成15年度の財政力指数が全国の市で2番目に低かった。歳入は少子高齢化や人口減少、既存産業の不振、日本人旅行者の伸び悩みで増加が見込めず、韓国人旅行者がもたらす収入が歳入増加に結びつく唯一の手段といってもよい。両国の社会的慣習の違いを理解しあい、島民と韓国人旅行者の双方がストレスを感じない受け入れのあり方を見直す時期がきているといえよう。