著者
勝山 祐子
雑誌
文化学園大学・文化学園大学短期大学部紀要 (ISSN:24325848)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.119-132, 2018-01-31

フォルチュニィのドレスが『失われた時を求めて』で描かれるのは、ヴェネチアン・ルネッサンスを甦らせる衣装としてだ。だが、フォルチュニィのテキスタイル作品で最も有名なのは、古代ギリシャ風のガウンやスカーフである。これは『スワン家のほうへ』の末尾で描かれる1912 年頃のモードに見られるような、当時の古代ギリシャ風ドレスの流行(リバティーのドレスや19 世紀後半に大量に発掘されたタナグラ人形を連想させるドレスの流行、あるいはディレクトワール様式のドレスのリヴァイヴァル)や、ダンカンらギリシャ風ダンスの隆盛と無関係ではない。また、フォルチュニィはワグネリアンであり、舞台用間接照明とそれを有効に使用するための舞台装置「クーポール」を発明、プルーストも親しかったベアール伯爵夫人の私設劇場で実際に使用されることになった。1906 年3 月の杮落しにプルーストが赴いた形跡はなく、そもそもプルーストとフォルチュニィのあいだにどの程度の交流があったのかも明らかではないが、フォルチュニィがレイナルド・アーンの姻戚だったことに鑑みても、プルーストがこうしたフォルチュニィの多岐にわたる活動を知らなかったとは考えられない。二人の意外な共通点は、フォルチュニィのオペラやバレエといった舞台芸術における活動を支える理論、つまり音楽とは時間的芸術で、切断のない時間の中で音楽による陶酔に身を任せるべきだ、という確信である。
著者
勝山 祐子
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.47-61, 2011-01

オデットの室内装飾の趣味は,"スワンの恋"においてはジャポニスムと中国趣味の入り交じった極東趣味であるが, 花咲く乙女たちのかげに』では, そこに十八世紀風な趣味が混じり始める。これらのエピソードは,オデットの趣味の不確かさと浮薄さを表すいっぽうで,第二帝政期の「折衷主義」による室内装飾を思わせる。ゲルマント公爵夫人の場合,"スワンの恋"では嫌っていた「帝政様式」を「ゲルマントのほう』では賞賛し,『見いだされた時』においては, それを再び嫌う。また, ディレクトワール期と第二帝政期に流行した「ポンペイ風」の装飾が,『失われた時を求めて』では, 繰り返し流行するものとして描写される。つまり,「帝政様式」と「ディレクトワール様式」は第一巻と最終巻を『ゲルマントのほう』を仲介に連関づける。そして, これらのモチーフが間欠的に回帰することによって, 小説の『時の次元』が支えられるばかりか, ディレクトワール期からプルーストの時代をまたぐ, 一世紀に及ぶ規模を小説に与える。オデットの『第二帝政期風』な趣味もまた, 物語に先立つ時間を小説に与える。