著者
新保 哲
出版者
文化学園大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.13-28, 2008-01

修験道は,一般には日本古来の山岳信仰がベースとなって,それに神仙道,シャーマニズム,原始神道,道教,呪禁道,雑密,陰陽道,仏教の影響が加わって,平安朝末期頃にひとつの宗教体系をつくりあげていった。そこで,霊山と古代から民衆に敬い尊崇されてきた信仰の山々を舞台にして山林修行者たちが,いつしか修験道の行場として峯入拝登するようになる。修験道の開祖とされるのは役小角であり,平安時代頃から末期にかけて山岳信仰としての修験道は飛躍的に発展期を迎え,山伏・聖が多く出る。彼らの特色は特定寺院に属さず専ら山林での抖?にあった。山伏修験者においては神仏を実際に体験することに出発点があり,その功徳力を下化衆生救済によって民衆の諸病をいやし,健康幸福を導く具体的即効的な宗教,それが山伏修験の呼称に他ならない。そうした民衆と密着した「実修実験」(実修実証)の意義や価値観をも併せて,修験道の特色を考察する。
著者
田口 良司
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.89-103, 2004-01

本稿では, 日本社会の供儀的構造とはどのようなものかを探求する中で, 柳田國男が指摘していた生贄としての鹿の問題を取り上げようとした。柳田は, 東北の鹿踊には遠い過去の生贄の記憶があるという。もしそうなら東北の鹿踊の供儀的性質を検討する必要があるだろう。ここでは彼の仮説を関東に多数存在する獅子舞との関連で検討する。獅子舞と鹿踊は同系統の芸能とされているからである。従来, 獅子舞がこのような観点から考察されたことはなかったが,獅子舞に見られる悪魔払い的性質と鹿踊りの儀礼的構成を比較検討することで, 本稿は, 日本的供儀儀礼の性質と機能を明らかにしようとする一連の試みの一つとなるだろう。柳田は, 獅子舞と悪魔払いを結びつけることに反対しているが, 獅子舞の「牝獅子隠し」の舞の供儀儀礼的側面を検討することによって一般的な「悪魔祓い」の儀礼的意味とは異なり「牝獅子隠しの舞」の儀礼的意味が必ずしも「悪鬼」を遠ざけることだけを意味していないことを論じた。また鹿踊では供儀的側面を鹿踊供養塔および「仏供養」の儀礼から検討した。鹿踊には鹿頭が仏供養を行う儀礼が存在するが, 獅子舞ではこのような儀礼は極めてまれであり, 獅子踊本来の儀礼からは逸脱した儀礼である。獅子踊には死者とかかわる儀礼が極めて希薄であるのに対して, 鹿踊には死者を「供養」する儀礼が存在しそれはまた鹿踊の重要な儀礼的機能の一つになっている。それにもかかわらず, 鹿踊には死者の霊と直接かかわるような踊は見られない。死者の位牌の前で供養する鹿頭そのものが死者の霊への供物と見られなくもないが, 少なくともユベール,モースの「供儀の図式」から見て, 鹿踊には獅子舞のような供儀的儀礼の側面は希薄であるように思える。他方, 獅子舞はさまざまな供儀的観念の要素が絡み合い, セム族的「供儀の図式」を再考する糸口が示唆されていることが理解できた。
著者
中沢 志保
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.51-63, 2007-01-31

原爆投下をめぐる問題は,戦後60年余りが経過した現在においてもなお,歴史家や国際政治学者などの重要な研究対象となっている。また,アメリカ国内の状況に注目すると,この問題の理解において,アメリカ政府および一般世論と研究者との間に大きな隔たりが存在することが分かる。アメリカの政府や国民の多くは「原爆投下は戦争を早期に終結させるために導入された正当な手段だった」と主張する。これがいわゆる公式解釈と称される立場である。これに対して,それぞれの研究視点からこの公式解釈を批判し再検討するのが研究者の立場である。本稿は,公式解釈の形成に多大な貢献を果たしたと言われるヘンリー・スティムソン(原爆投下時の陸軍長官)の論文と回顧録の内容を考察するものである。公式解釈に対する批判から出発したはずの原爆投下決定に関するこれまでの研究を吟味すると,これらの先行研究がスティムソンの論文ないし回顧録を十分に考察しきれていないことに気づくからである。この論文と回顧録を再検討することにより,公式解釈の前提,およびその後の諸研究の基盤を検証しなおすことができると考える。
著者
新保 哲
出版者
文化学園大学
雑誌
文化女子大学紀要 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.45-62, 2010-01

佐渡における庚申講をはじめその他の講について,その実態はどの様に庶民の信仰的講となって行われていたのかを紹介してみたい。たとえば,佐渡では甲子講,庚待講,二夜待講,三夜待講,己待講,七日講,十二夜講,十三日講,二十一日(真言)講,十四日(真言)講などがあった。以上の各講を,『佐渡年中行事』(柳田国男,中山徳太郎・青木重考共編,高志書院,平成十一年)と『新潟県史』(資料編23 民俗・文化財二 民俗編11,編集発行・新潟県,昭和五十九年)と『佐渡相川の歴史』(資料集八,「相川の民俗」,相川町史編纂委員会,昭和六十一年)を根本資料として導入部を論述してから,本題の庚申講の実体とその諸特色を相川に焦点を絞って考察してみたい
著者
中沢 志保
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.29-45, 2011-01

本稿は, 20世紀前半期のアメリカにおいて主要な対外政策の立案と決定に関与したヘンリー・スティムソン(Henry L. Stimson)を引き続き考察するものである。本稿では特に, 柳条湖事件に始まる日本の中国への侵略に対してアメリカがどう対応しようとしたかを検討する。具体的には, 第一次世界大戦後の国際秩序が崩壊していく1930年代初頭において, 日本の軍事行動に対し, 「スティムソン・ドクトリン」という形で「倫理的制裁」を課そうとしたスティムソンの外交を分析する。
著者
中沢 志保
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.51-63, 2007-01

原爆投下をめぐる問題は,戦後60年余りが経過した現在においてもなお,歴史家や国際政治学者などの重要な研究対象となっている。また,アメリカ国内の状況に注目すると,この問題の理解において,アメリカ政府および一般世論と研究者との間に大きな隔たりが存在することが分かる。アメリカの政府や国民の多くは「原爆投下は戦争を早期に終結させるために導入された正当な手段だった」と主張する。これがいわゆる公式解釈と称される立場である。これに対して,それぞれの研究視点からこの公式解釈を批判し再検討するのが研究者の立場である。本稿は,公式解釈の形成に多大な貢献を果たしたと言われるヘンリー・スティムソン(原爆投下時の陸軍長官)の論文と回顧録の内容を考察するものである。公式解釈に対する批判から出発したはずの原爆投下決定に関するこれまでの研究を吟味すると,これらの先行研究がスティムソンの論文ないし回顧録を十分に考察しきれていないことに気づくからである。この論文と回顧録を再検討することにより,公式解釈の前提,およびその後の諸研究の基盤を検証しなおすことができると考える。
著者
中沢 志保
出版者
文化学園大学
雑誌
文化学園大学紀要. Journal of Bunka Gakuen University. 人文・社会科学研究 = (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.35-55, 2012-01

本稿は,20世紀前半期のアメリカにおいて主要な対外政策の立案と決定に関与したヘンリー・スティムソン(Henry L. Stimson)を引き続き考察するものである。本稿では,ファシズムの台頭を背景にアメリカが第二次世界大戦に参戦していく過程と,ローズヴェルト(Franklin D.Roosevelt)政権下の陸軍長官に就任し,戦争計画において中心的な役割を果たしたスティムソンの思想と行動に焦点を合わせる。具体的には,1930年代から明確に示された枢軸国への警告,連合国側への軍事援助を参戦前から可能にした武器貸与法(the Lend-Lease Act)の成立と運用,対独戦における主要な戦略と評価される第二戦線の形成などの内容を振り返り,それぞれにおいてスティムソンが果たした役割を検証する。第二次世界大戦の後半期から重要課題として浮上してくる原爆の開発と投下決定,核の国際管理,戦後処理,対ソ連外交などの問題に関しては次の研究課題としたい。
著者
境 希里子
出版者
文化学園大学
雑誌
文化学園大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.69-82, 2014-01-31

日本語学校では,外国人留学生に,「せい」は好ましくない結果の原因・理由を表すと説明する。実際の社会での用い方は,もっと広いのではないか。境(2000)は「せい」と,「せい」と対をなす「おかげ」について調査した。本稿は,その経年変化調査報告である。まず,辞書における説明や例文をもとに,「おかげ」は好ましい結果,「せい」は好ましくない結果の原因・理由を表すと仮定した。論文での用例を調べ,両者は文章語ではないこと,感情表現であることを確認した後で,新聞記事等の用例を分析した。その結果,「せい」は「おかげ」より実際の社会で用いられる割合が高いこと,「せい」の用例に仮定と異なるものが多数あること,中立の「せい」(文の前件と後件を漠然と繋いでおり,「せい」特有の感情も入っていない用い方)が存在することを再確認した。初出のときは基本的な用い方を教えるにとどめるのは当然だが,日本語の学習進度に合わせて,実際の社会での広い用い方も説明すべきである。日本語が母語である者は,母語であるがゆえに見過ごしていることもある。日本語を客観的に見ることも忘れてはいけない。
著者
水原 寿里
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.71-85, 2000-01-31

人間はその長い歴史の流れの中で, 文化や文明を発展させたが, 言葉の表現においても時代とともに変遷が見られる。社会全体が豊かになると, 言葉の表現も豊かになり, 同時に単語の窓味も多様性を帯びてくる。表の意味と裏の意味, また喩えなどにその豊かさが現れてくる。本稿の図的は, 長い歴史の潮流の中で, 文化的・政治的・社会的・宗教的な言語要因により「色」に対する中国語の用語用例がどう変遷したかを考察することにある。中国は国土が広いため, 各地域の風土・風俗習慣, また民族性などの特色が, 色彩の特色ともなって現れる。色の解釈によって, 中国語に含まれるニュアンスを正しく理解し, それを正確に使用したり, また各地域を一層よく理解したりするために, 色の言語用例に基づいて, その表層の意味(陽としての, 賛美し褒め称えるニュアンス) と,深層の慈味(陰としての, 皮肉・非難咎めのニュアンス) の二面から考察する。
著者
荒井 健二郎
出版者
文化学園大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.153-161, 2006-01

第59回トニー賞(正式にはアントワネット・ペリー賞といい,アントワネット・ペリーAntoinette Perryの愛称がトニーTonyだったため,いつの間にかその名前が定着したもの。6月1日から翌年5月31日までの1シーズンにOn-Broadwayで上演されたミュージカルおよびプレイを対象に決定され,アメリカ演劇界最高の栄誉とされている賞)で宮本亜門が日本人としてブロードウェイで初演出をした「太平洋序曲」(PACIFIC OVERTURES)がリバイバル作品賞を含む4部門でノミネートされるという快挙を達成した。結果は無冠に終ったが,日本のミュージカル界に輝かしい1ページを飾ったことは特筆すべきことである。また,現在のブロードウェイは生き残りをかけたさまざまな試みが行われているが,その端的な例はシステムに関するものである。1990年代の時代的特色をトニー賞にノミネートされた作品や人間から考察してみると,最大の特色はディズニーのブロードウェイ進出であり,第1弾の「美女と野獣」(BEAUTY AND THE BEAST)はいろいろな批判にさらされたものの結果は大成功。「ライオンキング」(THE LION KING)や「アイーダ」(AIDA)が続いた。2番目としては女性の躍進である。演出部門で初の受賞があり,その後もその傾向は続いている。そして最後に,90年代の終わりにダンスミュージカルが人気を集め,それが「コンタクト」(CONTACT)で頂点に達したことがあげられる。
著者
三國 純子
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.81-95, 2002-01

何をどう教えるかは, 言語教育の永遠のテーマである。本稿では, 戦後の日本語教育の流れを, 初級に的を絞って教授法の観点から見直し, その時代の代表的な教科書を通して教師が何を重視し, どのような指導を行ってきたかを分析した。伝統的校本語教授法の時代, オーディオリンガル・メソッドの時代, コミュニカティブ・アプローチの三つの時代に作成された初級の教科書を取り上げ, 日本語教育の移り変わりを概観する。また, コミュニカティブ・アプローチの時代に移る先駆的な役割を果たした『文化初級日本語』の作成経緯, 問題点を解消していく過程にも触れ, 今後の日本言語教育の在り方を模索する。
著者
三島 万里
出版者
文化学園大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.31-43, 2010-01

効果測定の不明確性,企業業績の悪化の改善を理由に,企業コミュニケーション中の自社媒体の見直しが相次いでいる。なかでも広報誌の休廃刊を行う企業は多く,09年4月には30年の歴史を持つ『サントリー・クオータリー』が休刊した。理由は「事業の多角化とグローバル化を進めるなか,その役割を見直す」ためという(同社HPより)。同社は2010年12月を持って大阪・サントリーミュージアム「天保山」も閉館するという。量的には決して多くはないものの根強い愛好者をはぐくんできた自社媒体を相次いで廃止することで,当該企業の企業コミュニケーションはどのように変わっていくのだろうか。本稿では「多角化とグローバル化」を旗印に躍進を続けている味の素株式会社(以下味の素(株))の二つの企業広報誌と,その休刊後の企業コミュニケーションの変化を分析,企業コミュニケーション上の広報誌の位置を検証する。
著者
吉田 昭子
出版者
文化学園大学
雑誌
文化学園大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.21-33, 2015-01-31

本研究では,公共図書館における図書館員のためのレファレンス研修における,レファレンス事例の活用,評価の実践についてとりあげる。本研究の目的は,図書館の現場で実現可能で効果的な研修方法を検討し,現場の図書館員によるレファレンス事例評価の観点とは何かを整理することである。筆者が,図書館員向けのレファレンス研修で行った国立国会図書館のレファレンス協同データベースの事例を活用した事例検討会について述べる。事例検討会では,グループ学習とプレゼンテーションを組み合わせた研修方法を用いた。実践を通じて,図書館員のレファレンス能力の向上を図る上で,レファレンス事例を活用して事例評価の観点を考察することが,効果的であることを確認することができた。
著者
加藤 薫
出版者
文化学園大学
雑誌
文化学園大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.1-13, 2012-01

日本語にあっては「文」の成立に占める「主語・目的語」のウェイトが英語等にくらべると軽い(省略,自動詞表現への傾斜,二重主語構文,ウナギ文等の存在)。日本語は,「主体」と「客体」を設定して「文」を組み立てようとする志向が希薄であると言える。いっぽうで,日本語には,敬語,多様な人称表現,授受益を表わす補助動詞,授受動詞「あげる・くれる」の使い分け,終助詞,あいづち等の,英語等においては存在しないか存在はしても日本語におけるよりずっと存在感の薄い表現が認められ,「文」の成立上重要な位置を占めている。これらの表現は,いずれも話者本人すなわち「自分」と「相手」との関係性をめぐるものである。 日英両言語の違いはウェイトの置かれる側面の違いとして理解できる。そして,構文上のウェイトの置かれ方の違いから見えてくるのは,世界を成り立たせるもの(「主体」)の設定・表現に拘りを見せる分析的な志向を持つ英語に対して,「自分」と関係を取り結ぶ「相手」との関係性の表現に拘りを見せる相手志向性を強く持つ日本語の姿である。なお,今回焦点を当てた日本語の姿と日本文化論で指摘されてきた「恥の文化」等の日本人の姿との関連については今後の課題としたい。
著者
本多 吉彦 鈴木 邦成
出版者
文化学園大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.57-66, 2006-01

本稿ではハワイにおけるピジン英語を分析,考察することによって外国語としての英語を学習する最善の方策を探っていくことを視野に入れ,まず標準英語の変種であるピジン英語全般の特徴を中心に分析し,ついでハワイの入植者,現地人が習得したピジン英語のスピーチ形態やその音韻規則,イントネーションにおける標準米語との相違について考察していく。さらに,日本人の話す英語とハワイのピジン英語の共通点について考察し,外国語としての英語学習者の課題を整理していくこととする。なお本稿の続きとなる『ハワイにおけるピジン英語の発達に診る日本語教育の可能性(III)』では,ハワイにおける英語学習の歴史と文法を踏まえて,日本人の英語学習者にとっての最適な英語学習法を詳細に考察していくこととする。
著者
三島 万里
出版者
文化学園大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.1-18, 2009-01

本稿は企業広報誌の企業広報上の機能を考察することを目的とし,日本の代表的企業広報誌の事例分析を行う研究1)の一環として,東京電力株式会社(1951年設立,以下東京電力)の需要家向け広報誌『東電グラフ』と継続誌『グラフTEPCO』の事例分析研究から,その企業広報上の役割機能を考察しようとするものである。
著者
ロバート ヒックリング
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
no.6, pp.43-52, 1998-01-01

二言語を併用する子供の親は, 生後まもなく, 彼らの子供が二言語体験することに消極的である。なぜならば二言語を併用する子供は, 単一言語を使う子供と比べて自然に言語習得できないかもしれないと懸念するからである。 更に二言語を併用する子供は, どちらの言語においてもネイティブスピーカーのレベルに熟達できないかもしれないと心配することである。この考えは, 一般にセミリンガリズムと呼ばれている。このセミリンガリズムについて1927年にブルームフィールドは北米のインディアンの言語における分析において以下のように記述している。およそ40歳の北米インデアン, ホワイト サンダーは英語より彼のインデアンの言語であるメノミニをより多く話すが, そのメノミニですら語彙が乏しく, 文法的規則性がなく, なおかつ, 彼は単純な文章でしか会話ができないというお粗末なものである。つまり彼はまともに言葉を話せないというのである。この例におけるセミリンガリズムへの影響という点で, 言語学者逮は少なくとも一つの言語においてネイティブレベルの言語能力を確実なものにするには, 第二言語を経験させる以前に, しっかりした第一言語の能力を習得しなければならないと忠告する。これに対して, この論文は二言語を同時に体験することが, 子供の言語習得にマイナスな影響を及ぼすことはなく, 二言語を同時に使う子供の養育は, それ自体がセミリンガリズムの原因にならないということを説いている。むしろセミリンガリズムの原因は経済的, 政治的, 社会的条件によるものであると論じ, 二言語体験が遅ければ, 遅いほど子供の第二言語における言語熟達の可能性は低くなるかもしれないと説明している。
著者
中沢 志保
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要. 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
no.19, pp.29-45, 2011-01-31

本稿は, 20世紀前半期のアメリカにおいて主要な対外政策の立案と決定に関与したヘンリー・スティムソン(Henry L. Stimson)を引き続き考察するものである。本稿では特に, 柳条湖事件に始まる日本の中国への侵略に対してアメリカがどう対応しようとしたかを検討する。具体的には, 第一次世界大戦後の国際秩序が崩壊していく1930年代初頭において, 日本の軍事行動に対し, 「スティムソン・ドクトリン」という形で「倫理的制裁」を課そうとしたスティムソンの外交を分析する。
著者
荒井 健二郎
出版者
文化女子大学
雑誌
文化女子大学紀要 人文・社会科学研究 (ISSN:09197796)
巻号頁・発行日
no.1, pp.p135-145, 1993-01

黒人として生まれついたジェイムズ・ボールドウィンは,白人との比較において,満たされないものを紙面にひたすら叩きつけた感じがする。彼の小説に登場する人物達は,ボールドウィンの代弁者という役割を与えられて窮状を訴え,悪態をつき,なじり,わめき,という自己主張に終始し,セックスも暴力的である。更に,相手を暖かく包みこむとか,相手の欠点についても糾弾することはあっても受け容れようとすることは,全くない。その底には,欲求不満を吐き出すことによって満足感を得ようとする「歪な平衡感覚」が作用しているように思われる。『もう1つの国』 (Another Country, 1962)の主要人物達もその例にもれることはない。しかし,唯一の例外として提示されるのが,エリックである。彼は最初向性愛者として登場し,後に両性愛者であることがわかって驚かされるのだが,最初のうち,自らの性的志向をなかなか受け容れることができず,苦悩する。しかし,最後には,その長い苦悩のトンネルを抜け,認識と受容に至る。その点をポールドウィンは賞賛してやまないのだ。それ故,エリックに同性愛者という「もう1つの国」を与えたのだと思われてならない。