- 著者
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吉田 さちね
黒田 公美
- 出版者
- 一般社団法人 日本心身医学会
- 雑誌
- 心身医学 (ISSN:03850307)
- 巻号頁・発行日
- vol.55, no.8, pp.958-966, 2015-08-01 (Released:2017-08-01)
目的:母親が母乳で子を育てる養育(子育て)は哺乳類に共通する特徴である.効率よく養育を受けるため,子どもの側も親を覚え,後を追い,シグナルを送るなどの愛着行動を積極的に行っている.このような母子関係の維持に貢献する子からの行動はあまり研究されておらず,その脳内基盤については未知の部分が多い.そこで親が子を運ぶ際に子が示す協調的反応「輸送反応」についてヒトとマウスで検討した。方法・結果:母親が生後1〜6カ月の乳児を抱きながら歩くと,抱いたまま座っているときに比べて,乳児の自発運動の量が約1/5(Fig.1B),泣く量が約1/10(Fig.1C)に低下し,心拍数も母親が歩き始めて3秒程度で顕著に低下した.一方で母親が口でくわえて運ぶのを模して仔マウスを指でつまみ上げると,仔マウスはヒトと同様に不動化(自発運動の減少),超音波発声の減少,心拍数の低下を示した.さらに仔マウスの輸送反応を詳細に検討した結果,痛覚閾値の低下,四肢の収縮,体幹の弛緩など複数の要素が同時に惹起される複雑な反応であり,それぞれの反応は独立な発達曲線および制御機構をもつことが明らかになった.さらに感覚遮断により仔マウスの輸送反応を阻害すると運ばれているときに暴れてしまうが,そのような仔マウスを母親が運ぶのにはより多くの時間を要した.結論・考察:以上から,マウスとヒトの乳幼児において,親が運ぶ際に鎮静化によって協調する輸送反応が進化的に保存されていると考えられた.抱いて運ばれる際の子どもの協調的反応が定量・可視化されれば,育児の効率に対する養育者の自信や意欲を高めたり,またバイオフィードバック学習を行ったりすることが可能になる.また,発達障害児において,親に抱かれる際の反応に特徴がある可能性についても検討の余地があると考えられた.