著者
土谷 真紀
出版者
学習院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は、初期狩野派の絵巻物に加え、狩野派の図像摂取の様相をたどるべく、土佐派の涅槃図について調査・分析・発表を行った。特に、「釈迦堂縁起絵巻」第二巻第七段に描かれる涅槃場面に注目し、その図像典拠となっている土佐派系の涅槃図(山口県・周防国分寺本、滋賀県・興善寺本、米国・個人蔵本)を調査し、考察内容を「土佐派による仏涅槃図について」と題して発表した。調査の過程において土佐派の手になると判断された作例もあり、今後さらに関連作例が見出される可能性がある。一連の土佐派系仏涅槃図作例の分析は、狩野派の仏画制作における、先行図像の受容問題を検討していく上で極めて有益なものとなった。本研究の主軸である狩野派絵巻の分析と発表は次の通り行った。「二尊院縁起絵巻」については、「『二尊院縁起絵巻』について一作品紹介とその特質」と題する発表を行い、画風の検証結果を報告するとともに、二尊院の寺史を軸として縁起が構成されていることを指摘した。「酒飯論絵巻」については、文化庁本とやまと絵系絵師の手になる静嘉堂文庫美術館本「酒飯論絵巻」との比較を行い、文化庁本では総じて絵画としての有機的構造が企図されていることを「狩野派における『酒飯論絵巻』の位置」と題した発表において報告した。狩野派絵巻の中で最も重要な作例である「釈迦堂縁起絵巻」については、画面の大部分を占める異国表現について「『釈迦堂縁起絵巻』における中国美術の援用と中国イメージ」と題して発表した。これらの発表については、現在公刊が決定しているものを含め、論文化を進めている所である。さらに、狩野派における物語表現の分析を進めるべく、毛利博物館蔵「源氏物語絵巻」(全五巻)を調査し、現在分析中である。本作例は狩野派における「源氏絵」の意義を明らかにするだけではなく、室町後期から江戸初期にかけての「源氏絵」の展開を考える上でも重要な作例である。
著者
土谷 真紀
雑誌
人文 (ISSN:18817920)
巻号頁・発行日
no.17, pp.125-155, 2019-03

初期狩野派が初めて手掛けた絵巻作例は、永正十年(一五一三)に細川高国が奉納した「鞍馬蓋寺縁起絵巻」である。本絵巻は鞍馬寺の草創と霊験を主題とし、奥書から細川高国が奉納し、詞書を青蓮院尊応が書写、絵を狩野元信が描いたことが知られる。しかしながら、原本が失われたため、これまでの考察は欠損部を有する模本に基づいて考察されてきた。 本稿では、新たに見出された模本(個人蔵)を紹介する(以下、個人蔵本と称す)。個人蔵本は詞書と絵を全段完備し、模写時期は江戸時代後期と推定される。線描から著彩に至るまで丁寧に仕上げられ、優れた作風を示す。画面からは、「鞍馬蓋寺縁起絵巻」の制作段階において、初期狩野派が絵巻における物語叙述の過渡期的な段階にあること、そして、従来の絵巻にみられる造形語彙を踏まえていることを改めて確認することができる。 この度見出された個人蔵本は狩野派絵巻研究にとり極めて重要なため、本稿にて資料解題及び全段の詞書の翻刻と画面を掲載することとした。|The Kuramagaiji engi emaki three-scroll set dedicated by Hosokawa Takakuni in 1513(Eishô 10)is the oldest handscroll work by a Kanô school painter. The paintings recount the founding of Kuramadera and related miracles. The colophons identify the dedicator as Hosokawa Takakuni, the text calligrapher as Shôren'in Sonnô and the painter as Kanô Motonobu. Given that the original scrolls are no longer extant, our understanding of the work has been based solely on extant copies, which contain some lacunae. This article introduces a newly discovered copy of the scrolls, today in a private collection. This newly discovered work is extremely important, as the only extant copy containing the original work's entire text and pictures. I surmise that this copy dates to the late Edo period. The superb painting style conveys all elements, from line work to coloring, in careful detail. The pictures in this newly discovered copy indicate that the original scrolls were produced just as the Kanô school was constructing the narrative pictorial method to be used in its handscrolls, and this newly established style was based on the visual vocabulary seen in earlier handscrolls. Given the importance of this new discovery for the study of Kanô handscrolls, this article presents interpretations and transcriptions of the texts and scenes, along with reproductions of all picture sections.