著者
礒濱 洋一郎 堀江 一郎
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.139-143, 2018 (Released:2018-02-01)
参考文献数
12
被引用文献数
4

現在の我が国の医療において,ほとんどの医師が治療手段の一つとして漢方薬(エキス製剤)を用いている.その中には,腹部外科手術後のイレウスの予防のための大建中湯や,化学療法剤による副作用対策に用いられる牛車腎気丸など,古典的な使用法とは明らかに異なるものも多い.現代の医療において用いられている漢方薬の中には,西洋薬にはない優れた効果を発揮したり,医療経済学的なアドバンテージが認められたりしたために,広く用いられるようになったものも多い.漢方薬がその永い歴史の中で,先人達の知恵を集約した優れた医薬品であることを考えると,上述の例のように,現代医療の中で新たな適用を見出され,医師と患者の双方にとって有益なものとして利用されるようになることは不思議ではない.しかし,このような漢方薬の新たな適用は,漢方薬の使用法に関する指南書たる「傷寒論」や「金匱要略」といった古典的書物に記載されているはずはない.従って,現代の医療において,漢方薬をさらに効果的かつ安全に用いていくためには,その作用機序の科学的な解明が不可欠である.近年,脳外科領域では,頭部外傷などに伴って生じる慢性硬膜下血腫の患者に対する五苓散の使用が飛躍的に増加している.五苓散の古典的な適応は,「水毒証」の改善であり,口渇,尿不利,下痢および嘔吐などに用いられていることを考えると,慢性硬膜下血腫への使用は,現代医療における新たな使用法であると言える.実際,五苓散の投与によって血腫が消失したとの症例報告や1),外科的に血腫を摘出した後に五苓散を投与すると有意な再発防止に繋がるとの報告もなされている2).慢性硬膜下血腫に対する従来の治療方針は,外科的に血腫を摘出することが基本であり,薬物治療を考える場合は,脳圧降下のために浸透圧利尿薬をはじめとする利尿薬を用いるとともに,副腎皮質ステロイド薬により炎症反応に対処するのが一般的である.五苓散の慢性硬膜下血腫に対する有効性を考えるためには,本方剤がこれらの西洋医学的な薬物治療に相当する薬理作用プロファイルをもつか否かを検証すべきであろう.近年,著者らは,五苓散などの利水薬すなわち水分代謝調節作用をもつ漢方薬の作用が,水チャネルとして知られるアクアポリン(AQP)と密接に関係していることを見出し,この関係をさらに詳細に明らかにするための基礎薬理学的研究を展開している.本稿では,本方剤のAQP機能あるいは発現調節を介した水輸送抑制作用,抗炎症作用および血管新生抑制作用について紹介したい.