著者
礒濱 洋一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.3, pp.115-119, 2014 (Released:2014-03-10)
参考文献数
6
被引用文献数
2

アクアポリン3(AQP3)は主に皮膚のケラチノサイトに存在する水チャネルであり,皮膚の保湿のみならずケラチノサイトの遊走にも関わることが示されている.従って,AQP3の発現を促進する薬物は皮膚疾患時の乾燥症状や外傷の治療薬としての応用が期待できる.我々は,種々の生薬についての検討から荊芥(ケイガイ)に著明なAQP3発現亢進作用を見出した.ケイガイエキスはこの本作用を通じて,in vitroでのケラチノサイト遊走能を促進するとともに,in vivoでも実験的に形成したマウスの創傷治癒を促進することが分かった.これらの作用は皮膚科領域で用いられる漢方方剤にケイガイが含まれる薬理学的意義を示唆するとともに,これらの漢方薬の作用を応用した新たな治療薬の開発の可能性を示している.
著者
礒濱 洋一郎 堀江 一郎
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.139-143, 2018 (Released:2018-02-01)
参考文献数
12
被引用文献数
4

現在の我が国の医療において,ほとんどの医師が治療手段の一つとして漢方薬(エキス製剤)を用いている.その中には,腹部外科手術後のイレウスの予防のための大建中湯や,化学療法剤による副作用対策に用いられる牛車腎気丸など,古典的な使用法とは明らかに異なるものも多い.現代の医療において用いられている漢方薬の中には,西洋薬にはない優れた効果を発揮したり,医療経済学的なアドバンテージが認められたりしたために,広く用いられるようになったものも多い.漢方薬がその永い歴史の中で,先人達の知恵を集約した優れた医薬品であることを考えると,上述の例のように,現代医療の中で新たな適用を見出され,医師と患者の双方にとって有益なものとして利用されるようになることは不思議ではない.しかし,このような漢方薬の新たな適用は,漢方薬の使用法に関する指南書たる「傷寒論」や「金匱要略」といった古典的書物に記載されているはずはない.従って,現代の医療において,漢方薬をさらに効果的かつ安全に用いていくためには,その作用機序の科学的な解明が不可欠である.近年,脳外科領域では,頭部外傷などに伴って生じる慢性硬膜下血腫の患者に対する五苓散の使用が飛躍的に増加している.五苓散の古典的な適応は,「水毒証」の改善であり,口渇,尿不利,下痢および嘔吐などに用いられていることを考えると,慢性硬膜下血腫への使用は,現代医療における新たな使用法であると言える.実際,五苓散の投与によって血腫が消失したとの症例報告や1),外科的に血腫を摘出した後に五苓散を投与すると有意な再発防止に繋がるとの報告もなされている2).慢性硬膜下血腫に対する従来の治療方針は,外科的に血腫を摘出することが基本であり,薬物治療を考える場合は,脳圧降下のために浸透圧利尿薬をはじめとする利尿薬を用いるとともに,副腎皮質ステロイド薬により炎症反応に対処するのが一般的である.五苓散の慢性硬膜下血腫に対する有効性を考えるためには,本方剤がこれらの西洋医学的な薬物治療に相当する薬理作用プロファイルをもつか否かを検証すべきであろう.近年,著者らは,五苓散などの利水薬すなわち水分代謝調節作用をもつ漢方薬の作用が,水チャネルとして知られるアクアポリン(AQP)と密接に関係していることを見出し,この関係をさらに詳細に明らかにするための基礎薬理学的研究を展開している.本稿では,本方剤のAQP機能あるいは発現調節を介した水輸送抑制作用,抗炎症作用および血管新生抑制作用について紹介したい.
著者
礒濱 洋一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
看護薬理学カンファレンス
巻号頁・発行日
vol.2020, pp.ES-1, 2020

<p>ドラッグリポジショニング(DR)とは、既に臨床応用されている既存薬の中から</p><p>新たな効能を見出し、実用化に繋げようとする研究戦略である。例えば、古くか ら抗炎症薬として使われてきたアスピリンが、現在では抗血小板薬として応用さ れているのは典型的な例であり、近年では、多くの既存医薬品に新たな薬理作 用が見出されてきている。このようなDR の拡大は、従来、我々が理解している 薬物の作用やその機序が、実は一面に過ぎず、既存薬の中にも大きな可能性 が秘められていることを意味していよう。一方、DR 戦略によって見出された新 作用も、適用拡大には剤形の変更を必要となり実用化に至らないものなどもあり、 課題は多い。我々は、DR のこのような課題を鑑み、多彩な薬理作用を持つ漢 方薬に着目した研究を行っている。漢方薬は古くから疾患名に応じた適用ではな く、症状や症候の治療を目的とする傾向にあり、新作用を見いだした際の使用 拡大が比較的容易である。</p><p>これまでに、アクアポリン(AQP)水チャネルの機能調節を創薬標的とした基 礎研究を行い、従来、尿量増加作用を持ち利尿薬と類似のものと認識されて きた五苓散に脳型の AQP であるAQP4 阻害作用や脳内炎症の抑制効果が あることを見出してきた。この成績をもととなり、最近、五苓散は脳外科領域で 慢性硬膜下血腫の治療および再発防止を目的に使用されるようになった。また、 AQP 機能を亢進する薬物についても検索し、漢方薬の清肺湯を見出している。 清肺湯は外分泌線型の AQP5 の細胞膜局在を増加させる作用を持ち、本作用 を通じてシェーグレン症候群に見られる乾燥症状の緩和が可能ではないかと期 待している。</p><p>本講演では、これらの成績の一端を紹介し、DR の可能性とその資源として の漢方薬の魅力についてお話したい。</p>