著者
堤 英俊 TSUTSUMI Hidetoshi
出版者
都留文科大学
雑誌
都留文科大學研究紀要 (ISSN:02863774)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.33-54, 2015

本稿では、小・中学校段階の生徒たちが、通常学級からの転出後、本人たちに「異質」として認識される知的障害特別支援学級に転入し、そこに「居場所」を見出していく一連の過程を、彼(女)ら自身の「置かれた状況の中で状況をのりこえようとして働かされる様々な創意工夫や知恵」すなわち彼(女)らなりの<生活戦略>に着目しながら記述して考察した。 知的障害特別支援学級に転入した生徒たちの共通経緯としてあった通常学級における学力問題は、個人問題に矮小化されて基礎レベル以上の学力向上が不問に付されるとともに、二次的な「内面のつまずき」へと問題の焦点がずらされていた。そして、彼(女)らは、その学級で安全で安心できるアジール空間や友だち・教師・介助員といった信頼できる他者を獲得する一方で、ある意味で代償的に、「特別支援学級生徒」カテゴリーや「障害児」カテゴリーに依拠した、学級内での教師からの独特のまなざし、学級外での通常学級生徒からの独特のまなざしという、二重の「健常者」のまなざしが意識される状況に置かれることになった。こうした状況の中で、彼(女)らは、<ポジティブ解釈への転換><グレーゾーン・コミュニティへの参加><「運動」への没頭><「つるみ」相手の確保><まなざしの無視>といった戦略を働かせ、<グレーゾーン・アイデンティティ>を選択することを通して主体性を維持しながら、その学級の内部に「居場所」を見出していっていた。
著者
堤 英俊 TSUTSUMI Hidetoshi
出版者
都留文科大学
雑誌
都留文科大學研究紀要 (ISSN:02863774)
巻号頁・発行日
vol.83, pp.31-54, 2016

本稿の主要な目的は、ある知的障害特別支援学校に転入学した<グレーゾーン>の生徒の適応過程の分析をもとに、知的障害特別支援学校の学校文化の特徴に関して考察することにある。本稿を通して明らかになったことは、次の3 点である。第一に、知的障害特別支援学校の教師が、能力差を前提にした「共同体化」と就労を意識した「障害者化(軽度障害者化/中重度障害者化)」を両立させるという職責を担っていること、第二に、<グレーゾーン>の生徒に対して「差異化の後押し」戦略や「学校外資源の活用」戦略を行使することで、知的障害特別支援学校の秩序維持と生徒たちの近い将来の社会的自立の同時達成をねらっていること、そして第三に、知的障害特別支援学校は、社会の「周辺化」のメカニズムの一端を担う装置でありそれに強く規定されながら教師と生徒の応酬が行われていることである。知的障害特別支援学校においても教師たちだけでなく「障害児」とされる生徒たちもまた能動的・創造的に生活しているのであり、通常学校となんら変わりなく教師と生徒の「せめぎ合い」としてその学校文化を捉えていくことの必要性が確認された。
著者
堤 英俊
出版者
旭出学園教育研究所
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2011

<研究局的>ある一人の発達障害生徒(Z君)の自己語りの分析から、特別支援学校中学部に通う発達障害生徒の自己の様態に関する仮説を生成するとともに、その自己語りが生み出される文化的・社会的文脈について考察することを目的とした。<研究方法>保護者・本人の了解のもと、Z君との個別指導の時間の一部で、インタビュー・データを収集した。エピソードを引き出すことを念頭に、本人の特性を踏まえたライフストーリーワーク教材(ワークシート等)を作成した。データ収集は、主にICレコーダーを使って行った。録音データは、文字起こし作業を行った上で分析材料とした。<研究成果>Z君は、以前在籍していた小学校(通常学級)と現在在籍する中学校(特別支援学校中学部)では学習内容の難易度が異なる(小学校の方か難しい)とし、小学校(通常学級)への在籍には「学力(本人の意味する)」による条件があると語った。ただし、現在在籍する中学校(特別支援学校)の同級生の約半数は「学力(本人の意味する)」の条件をクリアしており、少なくとも自分は「ゆるい学校が好き」という理由から現在の中学校を選択し入学してきたと語った。こうした語りから、Z君において小学校通常学級と特別支援学校中学部は、異なる性質を持つ場として認識されつつも、分離した場としてではなく、質的に連続する場として認識されていることが理解できた。そして、その背景要因として、特別支援学校が障害児の学校であることが意図的に伏せられていること、本人の見なす「幼馴染」「いじめっ子」「自分より頭のいい人」「おしゃべり相手」が両校に共通して存在していることなどが関係していることが分かった。