- 著者
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塩崎 文雄
- 出版者
- 日本文学協会
- 雑誌
- 日本文学 (ISSN:03869903)
- 巻号頁・発行日
- vol.41, no.12, pp.48-61, 1992-12-10
『蘆刈』は谷崎潤一郎と根津松子の恋のゆくたてとその昂りを契機とする<女性崇拝>の物語として読まれてきた。あるいは『吉野葛』『少将滋幹の母』『夢の浮橋』等に貫く<母性憧憬>の水脈の一つとして位置づけられてもきた。さらには大和物語・増鏡・遊女記・江口・撰集抄等の借用された古典の吟味を経て、夢幻能的な世界に収斂されてゆく技法が評価されてきた。それに対して本稿は、<くにざかひ>からのまなざし、仮設された<十五夜>、作品の年立て、淀川河川改修史、巨椋池干拓史、京摂間諸川通航史、橋本遊廓沿革史の諸視角から、『蘆刈』に補注を施してみた。その際、作者の意図に添ったことがらも、必ずしもそうでないことがらもひとしなみに取り上げた。作品が書かれた<一九三二年現在>の京・大阪間の境界領域に『蘆刈』を浮べ、『蘆刈』の読みの可能性を励起してみようとの意図による。