著者
壹岐 英正 林 省吾 浅本 憲 中野 隆
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100559, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】頚静脈孔を出た副神経は,胸鎖乳突筋枝と僧帽筋枝に分岐し,後者は胸鎖乳突筋を貫通する貫通型と貫通しない非貫通型に大別される(吉崎 1961).貫通型においては,胸鎖乳突筋が絞扼因子となる可能性が考えられるが,同筋による副神経絞扼性ニューロパチーは報告されていない.一方,神経に長期的な圧迫が加わる部位においては,Renaut 小体と呼ばれる球状構造物が出現することが知られている.Renaut 小体は,線維芽細胞の侵入と膠原線維の増生によって形成され,神経周膜の肥厚や神経線維の減少とともに,臨床症状を呈していない無症候性神経絞扼のMerkmalになる(Neary D et al 1975).本研究の目的は,副神経僧帽筋枝を組織学的に観察し,貫通型において胸鎖乳突筋が絞扼因子となる可能性を検討することである.【対象および方法】対象は,愛知医科大学医学部において研究および教育に供された解剖実習体4 体8 側(男性・女性各2 体,平均83.3 歳)である.副神経を胸鎖乳突筋とともに切離し,貫通型か非貫通型かを同定した.貫通型においては貫通部周囲を,非貫通型においては副神経の胸鎖乳突筋進入部位を中心に摘出した.摘出した組織片において,副神経の横断方向で10 μmの組織切片を作成した.貫通型においては貫通部を中心に「貫通前」,「貫通中」,「貫通後」,非貫通型においては「胸鎖乳突筋枝と僧帽筋枝に分岐する部位より中枢側(以下,副神経本幹)」と「僧帽筋枝」について切片を作成し,H-E染色およびMasson’s trichrome染色を行った.Renaut小体の有無および神経周膜の肥厚を組織学的に観察し,貫通型と非貫通型において比較した.【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,ヘルシンキ宣言および死体解剖保存法に基づいて実施した.生前に本人の同意により篤志献体団体に入会し研究および教育に供された解剖実習体を使用した.観察は,愛知医科大学医学部解剖学講座教授の指導の下に行った.【結果】貫通型は4 側,非貫通型は4 側であった.Renaut小体は,貫通型においては貫通前:0 側,貫通中:2 側,貫通後:2 側で認められた.非貫通型においては僧帽筋枝1 側のみに認められた.神経周膜の肥厚は,貫通型においては,貫通前:1 側,貫通中:3 側,貫通後:3 側に認められた.非貫通型においては,副神経本幹:3 側,僧帽筋枝:1 側に認められた.【考察】貫通型と非貫通型の頻度に差は見られなかった.先行研究において,吉崎(1961)は貫通型が44%,非貫通型が56%,Shiozakiら(2005)は貫通型が56.9%,非貫通型が43.1%と報告しており,副神経は高頻度で胸鎖乳突筋を貫通すると考えられる.組織学的観察の結果,貫通型の貫通中および貫通後においては,非貫通型と比べ,Renaut小体および神経周膜の肥厚が高頻度で認められた.Renaut 小体は,長期的な圧迫を受けた部位に一致して存在すると言われているが,三岡ら(2011)は,腋窩神経が肩甲下筋とその過剰束の間を走行する変異例において,全例で神経線維束内に 同小体が観察されたと報告している.さらに1 例においては,過剰束より末梢側においても 同小体が観察されたと報告している.今回の結果は,三岡ら(2011)の結果と類似しており,筋による末梢神経の圧迫は普遍的であり,かつ,圧迫部位より末梢側においても同小体が形成されることを示唆するものである.またChang ら(2010)は,Cervical myofascial pain syndrome(以下,MFPS)群と健常群において,副神経ニューロパチーの可能性を電気生理学的に検討した.その結果,MFPS群において僧帽筋上部線維の活動電位の有意な減少に加え,約48%の症例で脱神経と神経再支配の所見が見られたことを示し,副神経ニューロパチーをMFPSの要因として挙げている.今回の結果は,この報告を形態的見地から支持するものであり,脱神経と神経再支配の頻度が副神経貫通型の頻度と近似することは興味深い.Changら(2010)の述べた副神経ニューロパチーが胸鎖乳突筋による絞扼性ニューロパチーと関連する病態であるかについては,検討が必要である.【まとめ】胸鎖乳突筋が副神経の絞扼因子になる可能性を示した.今後の課題として,例数を増やし推測統計学的に有意差を明らかにすること,神経周膜の肥厚を客観的に示すこと,絞扼性ニューロパチーとの関連を明らかにすることが挙げられる.【理学療法学研究としての意義】末梢神経の絞扼性ニューロパチーは,手根管や肘部管のようなトンネル状構造に限らず,筋の圧迫によっても普遍的に起こり得る.これは,症例の病態生理を的確に把握するために重要である.
著者
平井 達也 島田 裕之 牧 公子 梅木 将史 関谷 真紀子 壹岐 英正 岩田 容子
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.134-135, 2013-04-20

【目的】施設入所高齢者の移乗による転倒に関連する評価項目を検討する目的で,多施設問共同研究を行った。【方法】愛知県内の9つの介護老人保健施設の協力を得て,101名の施設入所高齢者を対象とした。過去1年間の転倒の有無,移乗による転倒の有無別に後向き調査を行った。測定項目はADL評価,認知機能および運動機能評価,島田ら(2004)の転倒関連行動指標,さらに我々が考案した移乗動作の際の危険行動を観察する転倒回避能力(Fan Avoidance Ability:以下,FAA)評価を行った。【結果】60.4%の対象者が転倒しており,その内,移乗による転倒は70.5%であった。各測定項目を移乗による転倒の有無で比較したところ,FIMとPOMAに有意差があった。移乗による転倒の有無を目的変数とした多重ロジスティック回帰分析の結果,FAA総得点のみが有意な因子として検出された。FAA総得点とFIM,認知機能項目,FAA各項目,転倒関連行動指標の危険行動の項目数が有意な相関を示した。【結語】転倒回避能力評価は基準関連妥当性を有し,移乗動作による転倒と関連する有用な評価方法であることが示唆された。