著者
大西 拓一郎
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.69-81, 2008-01-01

方言に関する主要な資料として,記述文献,辞典,分布図,談話資料,音声資料,フィールドワーク等を対象にそれぞれの性質を概観する。方言自体が古典化しようとしている現在において,その資料化手続きや資料性を問い直すことは,方言学という学問の基盤を検証する上で重要な過程にほかならない。そのことを通して浮き彫りになるのは,方言という言語情報に特有の非記録性という性格であり,同時に考えるべきことは情報元の限定性の問題である。方言学の研究資料を検討することで,方言学の抱える問題点が見えると同時に,進むべき方向も見えてくる。そのような検討とともに実行される資料の作成は,常に方言学に課せられた責務でもある。
著者
大西 拓一郎
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.68-77, 2014-10

私たちのプロジェクトは方言分布を対象にして,経年調査を実施し,方言の形成過程を明らかにしようとしている。全国500地点において,実際に30年から50年程度の比較を可能にする方言分布のデータを得た。その中から現実に発生している言語変化をとらえることができた。新たに発生していることが確認されたナンキンカボチャは50年前にナンキンとカボチャが分布していた境界にあり,両者の混交で生まれたことを示している。動詞否定辞過去形のンカッタは自律的に発生した形で,複数箇所において別々に発生しており,30年前と比べると近畿地方中央部に広がるとともに,中国地方西部や新潟県ではすでに分布領域が確定していたことがわかる。名詞述語推量辞のズラは中部地方の代表的な方言形式であるが,静岡県を中心にコピュラ形式を内包するダラに変化しつつあることが明らかになった。ただし,経年比較を通して言語変化が多数見つかるからといって,現実のことば全体が変動し続けているわけではないことには注意が必要である。
著者
大西 拓一郎
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.31-43, 2003-10-01

方言におけるコソ〜已然形型の係り結びの用法には,中央古典語と同様に条件表現・文末表現が認められる。このうち,文末の表現には,比較的ニュートラルな言い切り表現のほか,反語や安堵といった特定のモダリティに傾いた用法が認められる。また,条件表現的な文中の用法には用言の実質的意味が希薄なとりたて詞的用法が認められる。これらの発生・変化の過程を考える場合,係りのコソの対比性の変化と結びの用言の変化を考慮する必要がある。コソが対比性を希薄化することで結びの用法は対比的逆接条件表現から文末言い切り表現に変化した。一方,結びは,用言一般から補助動詞「ある」に限定される中で,「ある」が存在詞とは異なる実質的意味を持ち,ここにコソの対比性が関与することで反語用法を生み出し,対比性の希薄化が安堵用法を生み出した。さらに「ある」が文法性を強化することでコソ〜已然形は,全体としてとりたて助詞に回帰したりコピュラ化することになった。以上の変遷は分布でも裏付けられる。