著者
影山 太郎
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.5-27, 2010-05

世界諸言語の中で日本語は特殊なのか,特殊でないのか。生成文法や言語類型論の初期には人間言語の普遍性に重点が置かれたため,語順などのマクロパラメータによって日本語は「特殊でない」とされた。しかし個々の言語現象をミクロに見ていくと,日本語独自の「特質」が明らかになってくる。本稿では,世界的に見て日本語に特有ないし特徴的と考えられる複合語(新しいタイプの外心複合語,動作主複合語など)の現象を中国語,韓国語の対応表現とも比較しながら概観する。
著者
木部 暢子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.23-35, 2010-07

日本語の方言アクセントはバリエーションが豊富である。なぜ,このような豊富なバリエーションが生まれたかについて,従来は大きく,2つの説があった。1つは,諸方言アクセントは,平安時代京都アクセントのような体系を祖としている。これが各地に伝播し,各地でそれぞれ変化したために,現在のようなバリエーションが生まれた,という説。もう1つは,日本語は,もともと,アクセントの区別のない言語だった。そこへ平安京都式のような複雑な体系をもつアクセントが京都に生まれ,その影響で,アクセントの区別がなかった地域にもアクセントの区別が生まれた,という説。しかし,いずれの説も,表面的な現象だけを捉えた説であって,アクセントの弁別特徴に対する考慮が欠けている。そこで,本稿では,アクセントの弁別特徴を考慮して,方言アクセントが如何にして誕生したかについて考察し,試論を提案した。
著者
金水 敏
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.108-121, 2015-02

疑問文の研究の視点を整理した上で,衣畑(2014a, 2014b),野村(2001),高宮(2003)等に沿って日本語疑問文の歴史的変化の方向性やその動機づけ等について概観する。衣畑(2014b)によれば,前上代においては,焦点位置に「か」を置くという原則だけで疑問文形成の説明ができたが,上代に肯否疑問文の焦点位置に「や」も置かれるようになり,中古には疑問詞疑問文と肯否疑問文を区別する方向性が強められたとする。本稿では,なぜ肯否疑問文の領域に「や」が進出してきたのかという問いを立て,その説明のためには「か」と「や」の機能の違いに着目すべきであるということを主張する。さらに衣畑(2014b)では,中世にいったん疑問詞疑問文から「か」が消えたとするが,竹村・金水(2014)では中世末期のキリシタン資料で「か」文末の疑問詞疑問文が一定量存在することを示している。本稿では,竹村・金水論文で示された「ぞ」文末疑問詞疑問文と「か」文末疑問詞疑問文の性質の違いを踏まえ,「リスト表現」という形式の発達,および間接疑問文の発達という観点から,この新しい「か」文末疑問詞疑問文の起源についての仮説を提示する。
著者
コムリー バーナード
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.29-45, 2010-05

言語類型論は日本語等の個別言語を通言語的変異に照らして位置づけるための1つの方法を提供してくれる。本論では個々の特徴の生起頻度と複数の特徴の相関関係の強さの両方を検証するために,WALS(『言語構造の世界地図』)を研究手段に用いて言語間変動の問題を考察する。日本語と英語は言語類型論的に非常に異なるものの,通言語的変異を総合的に見ると,どちらの言語も同じ程度に典型的であることが明らかになる。また,日本語が一貫して主要部後続型の語順を取ることは,異なる構成素の語順に見られる強い普遍的相関性の反映であるというよりむしろ,日本語の偶発的な性質であると主張できる。最後に,WALSの守備範囲を超えた現象として,多様な意味関係を一様に表す日本語の名詞修飾構造,および類例がないほど豊かな日本語授与動詞の体系に触れ,それらを世界の他の言語との関係で位置づけることで本稿を締めくくる。
著者
大西 拓一郎
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.68-77, 2014-10

私たちのプロジェクトは方言分布を対象にして,経年調査を実施し,方言の形成過程を明らかにしようとしている。全国500地点において,実際に30年から50年程度の比較を可能にする方言分布のデータを得た。その中から現実に発生している言語変化をとらえることができた。新たに発生していることが確認されたナンキンカボチャは50年前にナンキンとカボチャが分布していた境界にあり,両者の混交で生まれたことを示している。動詞否定辞過去形のンカッタは自律的に発生した形で,複数箇所において別々に発生しており,30年前と比べると近畿地方中央部に広がるとともに,中国地方西部や新潟県ではすでに分布領域が確定していたことがわかる。名詞述語推量辞のズラは中部地方の代表的な方言形式であるが,静岡県を中心にコピュラ形式を内包するダラに変化しつつあることが明らかになった。ただし,経年比較を通して言語変化が多数見つかるからといって,現実のことば全体が変動し続けているわけではないことには注意が必要である。
著者
迫田 久美子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.107-116, 2013-03

第二言語習得研究には,学習者の言語データが不可欠である。「学習者の言語環境と日本語の習得過程に関する研究」のサブプロジェクトでは,日本語学習者の言語コーパス,C-JASを開発した。本稿は,C-JASの特徴とC-JASによって観察された動詞の発達について報告するものである。C-JASの特徴は,中国語母語話者3名,韓国語母語話者3名の3年間の縦断的発話コーパスであり,形態素タグと誤用タグが付与され,システム検索できる点にある。C-JASで動詞「思う」と「食べる」の時期ごとの初出形を分析した結果,日本人幼児の第一言語習得と類似した現象と異なった現象が観察された。前者では,動詞の基となる形(例「思う」)に新たな要素が付加され,新しい形(例「思うから」)が使われること,後者では初出形に日本人幼児は普通体,学習者は丁寧体が多く使用されることがわかった。また,動詞の発達段階で,学習者特有の「動詞普通体+です」(例「思ったです」)の中間言語形が出現し,「動詞普通体+んです」(例「思ったんです」)の過渡的段階の形式であると推測された。
著者
小磯 花絵
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.110-117, 2013-10

本稿では,共同研究プロジェクト「会話の韻律機能に関する実証的研究」の中間報告を行う。最初にプロジェクトの目的について簡単に触れたあと,プロジェクトの研究成果の一つとして,アクセント句の複合境界音調(Boundary Pitch Movement, BPM)の分析結果について紹介する。この研究では,プロジェクトメンバーが構築に携ってきた『日本語話し言葉コーパス』を対象に定量的に分析を行い,独話と対話のいずれにおいても,上昇調や上昇下降調といったBPMが意味的・統語的に強い切れ目で生じる傾向にあることを明らかにした。この結果は,BPMが発言継続性の表示機能という共通した役割を独話と対話において担いうることを示している。
著者
影山 太郎
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.8-18, 2014-06

日本語の語形成の中でも言語類型論の観点から注目される2種類の複合動詞-名詞+動詞型と動詞+動詞型-の性質を述べた。名詞+動詞型の複合動詞については,時制付きの定形文では生産性が低いが,動詞が時制のない非定形になると生産性が増すことを指摘した。これは,複統合型言語の名詞抱合には見られない制約である。他方,動詞+動詞型複合動詞の特異性は,前項動詞が後項動詞を意味的に修飾する「主題関係複合動詞」ではなく,前項動詞が複合動詞全体の項関係を支配し,後項動詞は前項動詞が表す事象に対して何らかの語彙的アスペクトの意味を添加するという特殊なタイプの「アスペクト複合動詞」に求められることを様々な考察から論じた。
著者
窪薗 晴夫
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-7, 2014-06

日本語諸方言のアクセント体系が高さ(ピッチ)にもとづく「ピッチアクセント体系」であることは日本語音声研究の中で常識とされていることであるが,日本語以外の言語から見ると必ずしも自明のこととは言えない。実際,「ピッチアクセント体系(言語)」という類型概念そのものを否定する研究者も数多い。本稿は,2010年に本プロジェクトが主催した国際シンポジウムISAT 2010の成果(Lingua 122特集号)の一部を報告する形で,日本語の研究が一般言語学や言語類型論に貢献できる可能性を指摘する。
著者
野田 尚史
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.117-124, 2013-03

このサブプロジェクトは,(i)のような考えから出発している。(i)本当の意味で日本語教育を言語の教育からコミュニケーションの教育に変えるためには,日本語教育のための研究も言語の研究からコミュニケーションの研究に変える必要がある。 日本語教育のためのコミュニケーション研究というのは,具体的には(ii)から(iv)のような研究である。このサブプロジェクトでは,これからこのような研究を進めていく。(ii)母語話者の日本語についての研究 (iii)非母語話者の日本語についての研究 (iv)日本語の教育についての研究
著者
エリス ロッド
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.3-22, 2010-07

本論は,明示的教授法が第二言語習得にどのような効果をもたらすのかについて検証する。まず暗示的教授法と明示的教授法の違いを明確にする必要性について論じ,さらに能動的・受動的,帰納的・演繹的という観点から幾つかの異なるタイプの明示的教授法を区別する必要性を述べる。また,学習者が第二言語として得る知識の種類(暗示的知識と明示的知識)という観点から明示的教授の効果を検討することも重要である。明示的・暗示的という2種類の教授法の効果を調査した従来の研究は,学習者が獲得する暗示的知識の妥当な測定方法を示していないために,その結論も概して中途半端なものになっている。しかしながら,これらの研究によって,明示的知識の発達には明示的教授の方が優れている場合が多いことが立証されていることは確かである。たとえ明示的教授が明示的知識の獲得だけに終わるとしても,(1)明示的知識は言語運用力に不可欠な要素であり,(2)明示的知識は暗示的知識の発達をつかさどる過程の切っ掛けとなるという点において明示的教授法は意義があるといえよう。本論の最後では,能動的演繹的教授法と帰納的明示的教授法の相対的な長所を検討し,明示的知識を教える際に学習者の意識を高めるタスク(コンシャスネス・レイジングタスク,能動的帰納的明示的教授法の一種)を多く使うほうが有効であることを主張する。
著者
近藤 泰弘
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.84-92, 2012-10

国立国語研究所共同研究プロジェクト(基幹型)「通時コーパスの設計」では,日本語の史的研究に用いることができる本格的な「通時コーパス」を構築する準備段階として,コーパスの設計にかかわる諸問題について研究している。その中で,「選定した資料をどのように電子化しどのような情報(アノテーション)を付与するか」「古典テキストに対応した形態素解析等をどのように行うか」など,通時コーパス設計のための重要問題を中心に,基礎的な研究を展開している。
著者
マルチュウコフ アンドレイ
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.1-15, 2010-10

本稿は分裂他動性を考察する。即ち,ある出来事を描写するのに,他動詞を用いるか,自動詞を用いるかに関する通言語的な傾向を考察する。本稿は,Tsunoda(1981, 1985)の動詞階層を出発点として,この階層を二次元の階層(または二次元の意味地図)に修正すれば,意味的に一貫したものになることを示す。二次元の階層を用いると,一次元の階層の反例を説明できる。更に,諸言語(例えば英語と日本語)の間に見られる違いを一貫した原理で説明できる。
著者
真田 信治 簡 月真
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.38-48, 2012-07

アジア・太平洋の各地においては,戦前・戦中に持ち込まれた日本語が,長きにわたって現地諸語との接触を保ちながら使われ続けてきた。その接触によって最も大きな変化を遂げたのは,台湾東部の宜蘭県に住むアタヤル人とセデック人が用いている,日本語を語彙供給言語とするクレオール(「宜蘭クレオール」)である。本論文では,われわれの共同研究プロジェクト「日本語変種とクレオールの形成過程」の一環として,この「宜蘭クレオール」に焦点を当て,これがまさに「クレオール」であることを,その形成の歴史的・社会的背景から検証し,その言語的特徴に関する近年の研究成果を総括する。
著者
柏野 和佳子
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー (ISSN:21850119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.43-53, 2013-06

文体研究などへのコーパスの有効活用を図るため,コーパスの書籍サンプルを文体によって特徴づけることを目的に,書籍サンプルの分類指標の設計と付与を行った。対象はBCCWJ図書館サブコーパス収録の全10,551サンプルである。テキスト構造が単純(例:章節構造)なもの(全体の84%)については,内容・表現の文体的特徴により,専門度,客観度,硬度,くだけ度,および語りかけ性度,という5観点による分類指標を定め,主観的評定によって評価値を付与した。また,テキスト構造・紙面形式などの点で上記分類になじまないもの(全体の16%)を見出し,その特徴を表す別の指標を設定した。これらを通じて,図書館サブコーパスに収録される全サンプルの多種多様な形式の類型ごとの分布や,各類型のNDC ごとの頻度が明らかになった。