著者
天尾 久夫
出版者
作新学院大学
雑誌
作大論集 = Sakushin Gakuin University Bulletin (ISSN:21857415)
巻号頁・発行日
no.12, pp.85-103, 2021-02-15

本論の結論を要約して述べれば、中国の北京オリンピック誘致したときの経済効果は、中国GDPを押し下げる効果が確認できた。ブラジルのリオオリンピック誘致では、GDPへの効果は確認されなかったが、イギリスのロンドンオリンピック誘致では、GDPの押し上げる効果が統計的に有意な意味で確認された。 オリンピック誘致によって、消費や投資への影響では、中国では投資について統計的にやや弱い意味で有意な結論ではあったが、所得から投資への反応速度が高まるが、投資水準を押し下げる効果が確認された。ブラジルのリオオリンピック誘致では投資については、中国同様に所得から投資への反応速度が高まり、国全体の投資水準を押し下げる効果が統計的に有意な意味で確認された。ロンドンオリンピック誘致では消費と投資への波及効果は統計的意味から確認されなかった。
著者
天尾 久夫
出版者
作新学院大学 作新学院大学女子短期大学部
雑誌
作大論集 (ISSN:21857415)
巻号頁・発行日
no.5, pp.311-334, 2015-03

[要約] 前民主党政権で交渉参加表明のあったTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋戦略的経済連携協定)1)も現在最終局面を迎えている。地元メディアで注目されていないが、実は北関東地域の農業に大きな衝撃を与えると予想される。しかし、ミクロベースで見たとき、個々の農業従事者はそれほど騒ぐことも少なく、淡々と日常の農業に従事している。その格差に関心を持ったのが、本論文の執筆動機であった。 私の世代で「農業経済学」という分野は一昔前の旧いイメージが付きまとい、私もその誤った感覚から、この分野の議論・研究を控えていた感がある。TPP交渉の国内発表で、官庁の提示するTPPの参考資料を散見すれば、例えば、国内の農産物の需給推計の手法など、あまり経済学の知見は活かされていないように思う。これは、農業向けの給付や補助金を予算編成のため推計するので、逆算して数量の推計が行われたいたようにも思う。言い換えれば、数字に「政治・行政」の差配が色濃く表れている。そうした資料提出の姿こそ、現行の日本の農業政策の姿が色濃く反映しているのかもしれない2)。 さて、農業経済学の先行研究では、農業問題は経済学の議論として極めて簡明な施策を提示している。◦生産性の低い農業従事者とりわけ兼業農家をどう扱うのか◦農業の生産性をどのように向上させるのか(減反政策との整合性)◦主要産品の米の生産調整をどうするのか(減反政策) すべての農業従事者に手厚い助成を与える施策は、政・官に魅力的な利益を供与することにつながる。本稿では、今でも、農業政策の基本政策である「減反政策」が、零細農家に補助金事業を含め所得補償し、日本に永続的に小規模農家(小規模農業経営体)を存続させるという意味で有効な政策と指摘できる。本論で指摘する結論は、政策目的の経年変化を通じて、農業政策の抱える問題を明示することを目論んだものである。 さて、TPPの締結で農業問題が、急に大問題として浮かび上がったかのように錯覚を起こす者も多かろう。しかし、実際には、日本が自由貿易の利益を享受するため、国際間の貿易協定を締結する度に、日本の農業は協定に沿って変化しただけなのである。 本稿の結論だけを述べれば、減反政策は米の生産性、特に収穫減を引き起こすということにほとんど影響していないことが分かる。言い換えれば、日本国内の米の保護政策のため、食用米以外の目的の米を作れば、転作助成金が得られるため、減反すれど米の供給量は減らないだけでなく、規模の経済性による生産性上昇の妨げになっている。 本稿では、日本の農業政策の時系列の変化から3期間、1960年代から70年中盤、70年代後半~80年代、90年~2010年までに分けて、現在の農業政策で、「減反政策」が収穫量(生産)に及ぼす効果を簡単な計量経済学モデルで分析することにした。生産関数は、一般に土地という生産要素を考慮しないが、農業では「土地」は生産要素として重要な役割を担うので、作付面積を加えて生産関数を推計することにした。その効果の経済学的解釈については異論はあろうが、私は農業技術が土地の増産効果に含まれると解釈している。これについては更に研究の深化が求められる。 結論だけを述べれば、高齢化が進む日本の農業の姿がモデルにも現れている。労働・資本の投入により、農業の生産性(収穫量)はわずかだが上昇するが、その効果は近年落ち込んでいることが分かる。また、減反は生産性(収穫量)を押し下げる効果がある期間に顕著に現れている。なお、農業に係わるデーターは農林水産省の発表した数値(総務省のe-stat)から推計を行った。本稿では極力、日本全体の米生産に関する生産関数の基本的な形状を簡便に示すことに努めた。 私の従来の専門は地域金融機関の研究なのであるが、農業への資金の貸出、決済などの業務はJA(農協)の独占状態となっている。この研究の最終目的は、JAの考察にあり、このまま歴史的優位性と農業の特殊性に甘えて、独占的な立場であり続けることが、日本の農業にとっても、日本の金融にとって相応しいことなのかという疑問も心中に残っている。少なくとも、私は、JAが金融機関であるならば、国内の農業事業をどのように審査し、与信業務を行うかについて明確にすることが必要と考えている。それが農業に関わる金融の未来像を描くことになると考えているからである。最後に、あえて注意を喚起しておくが、本稿で私はJA組織を非難するといった意図は全くないことを、議論する前に述べておく。1) TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership AgreementまたはTrans-Pacific Partnership)は環太平洋戦略的経済連携協定と言い、日本国は2010年10月に参加を検討すると表明した。もともと、2005年シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4ヶ国間で始まり、調印し、2006年発効したものであった。2011年にアメリカ、オーストラリア、ベトナム、マレーシア、ペルー、カナダ、メキシコが加盟交渉国として、原加盟国との拡大交渉会合に加わった。そして、日本も2013年にTPPに参加し、現在、12ヶ国で交渉となった。この交渉は2014年内の加盟国で最終交渉、妥結を目指し、現在に至っている。これは性質上、多角的な経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)と呼ぶこともできる。2) 農林水産省[5]、[6]、[7]、[8]参照。これらの報告書は農林水産省のホームページより入手できる(2014年12月現在)。
著者
天尾 久夫
出版者
作新学院大学
雑誌
作大論集 = Sakushin Gakuin University Bulletin (ISSN:21857415)
巻号頁・発行日
no.7, pp.163-194, 2017-03-15

[要約] 信金中央金庫(Shinkin Central Bank)は昭和21年(1946年)6月1日に設立され、平成28年(2016 年)3月末で、国内14店舗、23分室、海外5拠点を構えている。 この金融機関の特徴を一言で述べれば、日本の金融史の大きな事件を、金融当局の指導のもと上手く対応し尽くした金融機関と言える。この機関は、現在の全国265の信用金庫の信用ほう助や日本銀行の一歩手前の全国信用金庫の最後の貸手の存在として位置づけられる。信金中央金庫の社史を見ると、為替の取引の自由化、プラザ合意、金融ビッグバン、バブル経済の進捗、崩壊、金融機関の倒産、2000年になり日本の中小企業の海外展開の進捗、高齢化社会の進捗と企業の継承問題、地域創生に併せて経営業務が展開されてきた。 信用金庫がなぜ為替取引の業務も担当しなければならないのか、どうして投資信託から保険まで窓口販売手数料を稼ぐ必要があるのか、筆者はこの銀行がどういう顧客に対してどのようなポジションを志向しているのか、目指す業態は都市銀行ではないのかという錯覚を抱く。 この金融機関は、「信用金庫法」に基づいて業務を行っている。この法律の元々の狙いは会員(中小企業)向けの資金決済や与信のための金融で国民経済に貢献することであった。なぜ、上記のように変遷したのかという金融史の視点も存在する。しかし、本稿ではその議論を省くことにした。 この機関は平成28年3月で総資産(平残)は34兆6440億円で、会員(主として信用金庫)からの出資金は6909億円、連結自己資本比率(国内基準)は41.1%を記録している。そして、出資会員に占められているのは、全国265行の信用金庫である。 信金中央金庫は会員信用金庫のセントラル・バンクとしての位置づけとなっており、国内で都市銀行(メガバンク)・地方銀行という範疇からみて、規模の小さな信用金庫の信用保証を果たすという経営目標を掲げている。 しかし、銀行には日本銀行という中央銀行の存在があるにも係わらず、戦後の混乱期を終えても、なぜ、信用金庫にセントラルバンクの機能が必要なのか、そのことが大きな疑問として残る。会員へのサービスのように振る舞っているが、この機関はなぜ信用金庫の代理貸出を為し、その意味で各信用金庫が都市銀行(メガバンク)の支店のように展開しているようにも見える。 本稿では、信金中央金庫の財務データーからこの機関の行動を分析する。本稿では貸出に関しての関数を推計することにした。これは現在の金融当局の貨幣拡張政策による金利低下が、この種の機関にどのように作用しているかを見たいと考えたからである。これが本稿の副次的目的である。 この信金中央金庫を考える際に、信用金庫の現行の業態の特徴を検証することが必要となる。本稿では、まず信用金庫の現況について検証することから始めている。信用金庫は、政府が実体経済を刺激するとき、中小企業向け貸出時に信用保証協会などを通じ積極的に与信を与えている。 信金中央金庫も、最近では、東日本大震災の復興預金を集め、そこから復興資金を提供したり、あるいは、人口減少する過疎地域で「地域創生」の名の下、資金提供を行っている。全国のそれぞれの信用金庫が地域住民や中小企業の預貸業務を行うことが主目的であるとすれば、これは完全に業務目的が重なる分野である。信金中央金庫と各信用金庫がどのように重複する貸出について棲み分けを行っているのか、それも本稿で明確にしたい疑問の一つである。 上記のような見解に同意できない研究者もいるかもしれない。例えば、農林中央金庫と地方のJAの与信部門では、預貸への分野の重複を避け、上部機関の農林中央金庫が採算性の乏しいJA本体の利益を保つために、投資銀行として、地域JAから集めた資金を信託して利益を得ている事実がある。そうした業態と同じ形状を採っているのではないかという疑念が本稿作成の動機の一つである。 さて、本稿の結論だけを述べれば、日本で、すべての信用金庫の預金は右肩上がりで増えていることが確認できるが、貸出については思うように伸びていないことが確認できる。信用金庫のその余剰資金は有価証券では国債、社債で運用されている。そして信金中央金庫は信用金庫のかなりの資金を信金中央金庫の預入金として資金運用を行っている。ところが、信金中央金庫は、その資金運用の国内業務での収益率(利鞘)が、0.1%を下回る事態になっており、投資銀行の体を為していない状況にある1)。 信金中央金庫の貸出行動についても政府への依存度の高い姿が見える。すなわち、この機関は預金を大量に集めて、乏しい資金運用力でも十分機関本体に維持可能な金融収益を稼得している。しかし、貸出も政府・地方自治体への関係が深く、他業種への貸出能力に長けていない。そして、昨今、信託部門を都市銀行系列の信託銀行に売却した。この金融機関は、いよいよ生き残りを与信業務に掛けなければならない時期に来た。本稿はこのことを明示した論文と言える。1) 2016年10月31日の日経新聞で信金中央金庫の傘下の信託銀行を三菱UFJ信託銀が買収と記載されたとき、本稿を書き終えるところであった。