- 著者
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中谷 知生
田口 潤智
笹岡 保典
堤 万佐子
谷内 太
土屋 浩一
藤本 康浩
佐川 明
天竺 俊太
- 出版者
- JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
- 雑誌
- 日本理学療法学術大会
- 巻号頁・発行日
- vol.2011, pp.Ca0228-Ca0228, 2012
【はじめに、目的】 通常歩行においてプレスイングは体重が反対側へ移動する時期であり、この時の足関節底屈トルク(以下セカンドピーク)は遊脚期に必要な振り出しの初速を形成するとされている。そのため、プレスイングにおけるセカンドピークの減少は歩行速度の低下を引き起こすと考えられており、脳損傷後片麻痺者では強いセカンドピークを得られる者ほど速い歩行速度を得られるという報告がある。一方で、大腿骨近位部骨折術後患者におけるセカンドピークが歩行能力にどういった影響を与えるかについては明らかにされていない。本研究の目的は、大腿骨近位部骨折術後患者におけるセカンドピークの有無が歩行能力、特に歩行スピードに与える影響を明らかにすることである。【方法】 対象は、当院に入院中の大腿骨近位部骨折術後患者12名(平均年齢77.3±6.0歳、男性2名、女性10名)とした。術式の内訳は観血的骨接合術6名・人工骨頭置換術5名・人工股関節全置換術1名であった。術後の炎症やそれに起因する疼痛による歩行能力への影響を避けるため、疼痛の訴え無く10m以上介助なしで歩行可能な者を対象とした。計測時の術後経過日数は平均81.6±25.5日であった。効果判定の指標は川村義肢社製Gait Judge System(以下GJ)を使用した。GJは短下肢装具Gait solitionの油圧ユニットに発生する足関節底屈方向の制動力を計測する機器であり、これによりセカンドピークの定量的な評価が可能となる。今回の調査では対象者の術側下肢にGJを装着し、快適速度歩行および最大速度歩行を測定した。その結果、最大速度歩行においてセカンドピークを発揮している群と発揮していない群の2群に分割し、快適速度および最大速度で歩行した際の歩行速度・ケイデンス・歩数の差をt検定で比較した。さらにセカンドピークのトルク値と歩行速度との関連をSpearmanの順位相関係数を用い算出した。統計学的有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は所属施設長の承認を得て、対象者に口頭にて説明し同意を得た。【結果】 対象者12名中、最大速度歩行時にセカンドピークを発揮した者が5名、発揮していない者が7名であった。セカンドピークを発揮した5名の術式は、観血的骨接合術2名・人工骨頭置換術3名、セカンドピークを発揮していない7名の術式は、観血的骨接合術4名・人工骨頭置換術2名・人工股関節全置換術1名であった。両群ともに快適速度に比較して最大速度では有意に歩行速度・ケイデンスが増大し、歩数は有意な変化は見られなかった。両群間を比較すると、セカンドピークを発揮している群は比較していない群よりも最大速度が有意に高かった。セカンドピークのトルク値と最大速度の間には-0.6と有意な負の相関関係が認められた。【考察】 大腿骨近位部骨折術後患者においても、セカンドピークを発揮できる群では発揮できない群に比べ歩行速度を向上させることが可能であるという特徴が明らかとなった。一方で、セカンドピークのトルク値と最大速度の間には負の相関関係が認められた。脳損傷後片麻痺者ではセカンドピークの減少は歩行速度の低下を引き起こすため、セカンドピークのトルク値と歩行速度に正の相関関係が認められている。しかし、変形性股関節症に対して人工股関節置換術を施行した患者におけるプッシュオフに関する先行研究では、立脚中期から後期にかけての強い足関節底屈運動は股関節伸展運動の不足を補うための代償的手段として用いられるという報告がある。よって今回の研究結果から、大腿骨近位部骨折術後患者においてもセカンドピークは遊脚期に必要な振り出しの初速を形成するという意味で歩行速度向上に貢献する一方で、トルク値の増大は股関節の機能低下を補うための代償動作という意味も含んでいるという可能性が推察された。今後は更にデータ数を増やし、大腿骨近位部骨折術後患者における最適なセカンドピークのトルク値、またそれを発揮させるためのトレーニング法を明らかにすることを目的に、特に股関節伸展運動の可動域、下肢筋力などの指標を用いた多角的な評価を行っていきたい。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、歩行時の足関節運動が大腿骨近位部骨折術後患者の歩行速度を決定する要因の一つであることを示すものである。また従来、主に脳損傷後片麻痺者の評価で用いられることの多かったGJによる足関節底屈トルクの計測が大腿骨近位部骨折術後患者の歩行能力を評価する上でも有用であることを明らかにしている。以上2点において、本研究は大腿骨近位部骨折術後患者の理学療法の発展において重要な示唆を与えるものと考える。