- 著者
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姜 銓鎬
- 出版者
- 北海道大学大学院文学研究科
- 雑誌
- 北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
- 巻号頁・発行日
- no.13, pp.1-15, 2013
林芙美子(一九〇三〜一九五一)の『放浪記』は、一九三〇年に初版が発刊されて以来、一九三九年の改訂版を経て二〇一二年の復元版に至るまで、数多くの版本が存在する作品である。ところで、戦後の版本は、おおよそ改訂版を版本としており、最近発刊された版本の中では、初版を底本としているものが多い。つまり、数多くの『放浪記』の中で、この二種類の版本は一番重要な底本になっているのである。改造社から出た『放浪記』は、整理されていない野性味を持つ作品として認識されている。一方、新潮社から出た『放浪記|決定版|』(改訂版)は、構成的な部分において、一層整理された形態になっている。こういう特徴は、それぞれの版本を比較することで確認することができる。しかし、今までの『放浪記』研究は、作品の成立において出版社の変更ということを看過し、これについて論じる研究も登場していない。そこで本論では一九三〇年の改造社版『放浪記』及び一九三九年の新潮社版『放浪記|決定版|』を中心として、その成立過程をまとめながら、出版社の変更の原因と理由について考察しようとする。また、先行研究で改訂版を初版より低く評価する傾向に注目し、そのような批判意見について再考する。改訂版に対する批判意見として共通するのは、『放浪記』のステレオタイプ化した「ルンペン文学」というイメージを放棄していない点である。しかし、これこそ『放浪記』に対する批判を払拭しようとした芙美子の意思とは正反対の意見であり、改訂版の意義を完全に無視することになる。