著者
宇田川 彩
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.262-280, 2019 (Released:2020-02-12)
参考文献数
48

本論は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに生きる世俗的ユダヤ人を対象とし、家庭で行われる最重要の年中儀礼の一つである過ぎ越し祭を事例とする。特に過ぎ越し祭の晩餐に用いられる典礼書『ハガダー』に着目し、儀礼を動かす力としての「順番」と物語について論じることが本論の目的である。過ぎ越し祭は家庭で行われる晩餐を中心とし、順番を意味する「セデル」に沿って進行する。『ハガダー』は一方で、動作と歌を文字通りに進め、食事を進めるためのマニュアルである。他方でハガダーという語は元来「語り」を意味し、マニュアルであるだけでなく、出エジプトの歴史を綴る物語でもある。 本論で世俗的として論じるユダヤ人は、自身のユダヤ性を説明する際に、その特徴は「宗教ではない」という否定形を用いる。ブエノスアイレスで可視性を高めつつある正統派のユダヤ人は、生活実践のすべてに対して厳格にユダヤ法を適用させようとする。その方法とは聖書とその解釈書に沿い、書かれた通りの指示に行為を従わせることである。マニュアルとしての『ハガダー』も、こうした役割を果たす。しかしながら、世俗的ユダヤ人にとって『ハガダー』は儀礼を進める順番を指示する典礼書としてよりは、物語としての重要性をより強く持つ。エジプト時代のユダヤ人の奴隷解放という物語は現在「私たち」が生きる物語へ、他方で神による奇跡譚は、自己が主体となる選択の物語へと読み替えられるのである。過ぎ越し祭の順番と物語は、年に一度、晩餐の食卓という場において『ハガダー』、食材や料理、食器といったモノが組み合わせられることによって実践されていくのである。
著者
宇田川 彩
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

本発表は、アルゼンチン・ブエノスアイレスで行った現地調査に基づき、2011年に社交スポーツクラブで開催されたユダヤ・ブックフェアを主要な事例として、アーカイブが創るユダヤ人コミュニティについて論じる。アーカイブする単一の主体が存在せず、ローカルタームとしての「文化」的、「宗教」的なユダヤ性がパラレルに存在していることが、現代的な「コミュニティ」の在り方であることを指摘する。