著者
八木 君人 伊藤 愉 大石 雅彦 安達 大輔
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2019-04-01

本研究は、20世紀前半のロシア・ソ連文化、とりわけロシア・アヴァンギャルドという芸術運動における、文化現象としてあらわれる「音」を横断的に検証し、それを可能とした感覚・知覚の時代的布置を明らかにすることを目的とします。そのことを通して、たとえば、音の複製技術の登場、電子音楽等の音楽装置の発明、環境音への自覚化など、技術革新や音の概念の拡張が、同時代の社会及び諸芸術や文化に与えた影響を詳らかにします。また、積極的に、ここで得られた研究成果のアウトリーチにつとめ、当時の音響実験装置や電子楽器等の実物展覧会やそれにあわせたシンポジウムの開催なども予定しています。
著者
安達 大輔
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

研究最終年度にあたる今年度は、ロシア・ロマン主義文学を、同時代に開発された写真と比較して読み直す研究を行った。その一環として、2011年6月から7月にかけてロシア・モスクワに滞在し、国立図書館でゴーゴリ作品の集中的な分析に取り組んだ。また同年10月から11月のモスクワ滞在では、ロシア・ロマン主義と関係する思想家たちによるプラトン受容について研究をおこなった。こうした海外での調査を含む研究活動からは以下のことが明らかになった。前年度までに研究をおこなった、見えるものを無限に疑うロマン主義的な自己反省の運動は、記号とそれが指示する対象との結びつきが失われた時代において「かつてあった」はずのものを取り戻そうとする記憶のあり方と同じ思想的枠組みの中にある。同時に、「かつてあった」はずのものを「ロシア的なもの」と同一視するロマン主義的ナショナリズムからのゴーゴリ文学のずれも明らかにすることができた。すなわち、ゴーゴリ作品においてイデア的な「かつてあった」はずものは表象されることがないので、読者は記号からその指示対象を想像しては打ち消す行為を繰り返しおこなうように強いられる。絶対にイデアにたどり着かないことに起因する反省の強迫的な反復のうながしである点において、ゴーゴリにおける記憶のあり方は、プラトン的な想起からは隔たっている。それは20世紀初頭にベンヤミンによって近代的メディアである写真の特徴として指摘されたものに近づいている。両者ともに、記号が指示対象になる瞬間の反復可能性を保証することで、出来事が起きる現場へとテクストを読む者をたえず送り返すのである。そこではテクストが、ヴァーチャルな対象を再生産する装置として身体に接続されてゆく。この意味で、ゴーゴリはロマン主義文学の可能性を極限まで突き詰め、写真と共有される近代的なテクストと身体の関係を見いだしたと結論できる。