著者
新岡 大和 上野 貴大 戸塚 寛之 宮崎 哲也 山口 大輔 成尾 豊 荻野 雅史 鈴木 英二
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Bd1463-Bd1463, 2012

【はじめに、目的】 ボツリヌス療法(以下、BTX)は筋弛緩作用のあるボツリヌス毒素を痙縮した筋へ直接注射することで筋緊張の緩和を図るもので、世界70カ国以上で痙縮に対する治療として用いられている。本邦でも2010年よりA型ボツリヌス毒素製剤が脳卒中における上肢痙縮、下肢痙縮に対する効能、効果として厚生労働省より適応追加の承認を得ており、脳卒中治療ガイドライン2009においても痙縮に対する治療として推奨グレードAとされている。一方で、脳卒中の上肢痙縮、下肢痙縮改善の目的は単なる痙縮の改善だけではなく、痙縮の軽減による機能及び能力の改善にある。そのためにはBTXとリハビリテーションの併用の重要性がいわれており、先行研究においてもBTXと理学療法を併用した結果、歩行能力が有意に改善したという報告がある(Giovannelliら:2007)。当院ではBTXが上肢痙縮、下肢痙縮に対して承認されてから、痙縮が認められる維持期脳卒中患者に対してBTXを行い、理学療法介入を併用してきた。今回、症例を重ねる中でBTXの後療法としての理学療法の有用性を確認でき、若干の知見を得たので報告する。【方法】 対象は2011年3月より2011年9月の間に当院で脳卒中下肢痙縮に対してBTXを実施した12名(男性10名、女性2名、年齢64.2±10.0歳)である。対象者の下肢痙縮筋(股関節内転筋群、大腿二頭筋、下腿三頭筋、後脛骨筋など)にGlaxo Smithkline社製のボトックス(R)を投与した。注射単位数は対象者の痙縮の程度によって判断した。投与後より1ヶ月間、週2~6回、各60分程度の理学療法を行った。理学療法プログラムは、各種物理療法、関節可動域練習、筋力強化、歩行練習などが行われた。また、対象者に対してBTX施行前、1週間後、1ヵ月後にそれぞれ理学療法評価を行った。評価項目は、筋緊張検査として足関節背屈Modified Ashworth Scale(以下、MAS)、関節可動域検査として足関節背屈関節可動域(以下、ROM)、歩行検査として10m歩行検査、QOL検査としてSF-8をそれぞれ実施した。統計学的手法としてはSPSS for Windows10.0を用い、Friedman検定を行い、有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はさいたま記念病院倫理委員会にて承認を得て実施した。調査にあたっては、対象者に対して本研究の目的及び内容を説明し、研究参加への同意を得た。【結果】 対象者の疾患内訳は、脳出血7名、脳梗塞3名、脳腫瘍2名であり、発症年齢は57.2±8.2歳で、発症からBTX施行時までの経過年数は7.0±3.8年であった。MASに関しては施行前より1週間後、1ヵ月後の順で有意に数値が減少した。ROMに関しては施行前より1週間後、1ヵ月後に有意に数値が増大した。10m歩行検査においては歩行時間が施行前より1週間後、1ヵ月後の順に有意に数値が減少した。歩数は施行前より1週間後、1ヵ月後に有意に数値が減少した。SF-8に関しては施行前より1週間後、1ヵ月後に有意に数値が減少した。【考察】 BTX施行より一週間後において、ほぼ全てのケースで筋緊張、関節可動域、歩行能力が改善されていた。また、BTX施行より1ヶ月後においても更なる改善を認め、先行研究の内容を裏づける結果となった。運動機能が固定されるケースが多い維持期脳卒中患者に対して、このような結果が得られたことは有意義といえる。今回、BTXを施行した多くの対象者は痙縮の改善後も以前の運動パターンが残存していた。筋緊張、関節可動域など改善された機能に見合った動作へ導くためには、正しい運動学習が必要となる。つまり、BTX後の治療の有無が重要ということになる。効果が1ヶ月ではあるが、持続ばかりか向上していた今回の結果は理学療法介入の必要性を示唆するものと考える。しかし、今回の研究は理学療法介入群のみのものなので、今後この点を課題として理学療法介入の有無によるRandomized Controlled Trialでの効果検証が必要だと考える。現在、諸外国ではBTXの後療法としてどのような理学療法介入が効果的か検討されている。今後は当院においても症例を重ねる中で、先行研究をもとに、より効果的な介入方法を検討し、その可能性を提示していくことが重要である。【理学療法学研究としての意義】 本研究は我が国ではまだ報告の少ない維持期脳卒中患者の下肢痙縮に対するBTXの後療法として、理学療法の有用性を示唆できたことに意義があると考える。