- 著者
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宿 玉堂
- 出版者
- 大阪外国語大学
- 雑誌
- 大阪外国語大学論集 (ISSN:09166637)
- 巻号頁・発行日
- vol.17, pp.161-179, 1997-09-30
中国明代の白話小説『水滸伝』・『西遊記』・『三国志演義』は,日本においてもあまりにも有名だが,この時代にはその他にも数多くの素晴らしい文学作品が生まれている。宋代から伝わる「話本」(講談などに使われてきた台本)を整理し,更に文学的磨きをかけた短篇小説集の数々は,当時の貴重な文学遺産の一つである。その中で最も大掛りなものが,馮夢龍の編著による「三言」(『喩世明言』・『警世通言』・『醒世恒言』)と,凌濛初の編著による「二拍」(『拍案驚奇』・『二刻拍案驚奇』)である。筆者は幼小の頃からこれらの作品に接し,愛読してきた。この度は『警世通言』の第三十二巻である『杜十娘怒沈百宝箱』に,注解を加えることを試みた。この作品の主人公杜十娘は聡明で美しい良家の娘であったが,ある事情によって不幸にも遊郭に売られていった。気丈な彼女は芸の腕を磨き,名高い遊女となったが,一日も早く遊郭を抜け出そうと考えていた。そこへ李甲とう青年が足繁く通ってくるようになり,彼女も自分の夢をこの青年に託すのだが,様々な障害にぶつかり,結局は李甲に裏切られてしまった。杜十娘は悲しみと憤激のあまり,全財産を収めた玉手箱を川底へ沈め,自分も身投げすることで無情な世の中を訴える。いわば悲恋物語である。この物語は各種戯曲の伝統的な演目となり,老若男女を問わず今もなお中国の人々に愛されている。注解はできるかぎり懇切丁寧に書いたつもりなので,中国語を専攻している学生諸君及び中国文学の愛好家の方々に,注解を頼りに原文を一読していただければ,この上ない幸せである。