著者
富澤 郁美 邱 詠玟 堀 由起子 富田 泰輔
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.158, no.1, pp.21-25, 2023 (Released:2023-01-01)
参考文献数
39

アルツハイマー病(AD)の発症機構を理解する上で,AD発症原因分子であるアミロイドβペプチド(Aβ)の産生機序を理解することは重要である.Aβは,アミロイド前駆体タンパク質(APP)がβ-セクレターゼとγ-セクレターゼによって段階的に切断されることで産生されるが,その詳細な制御機構は未だ明らかではない.そこで我々は,Aβ産生に関わる制御因子を同定するためにCRISPR-Cas9システムを用いたゲノムワイドスクリーニングを構築し,Aβ産生を負に制御する新規因子としてcalcium and integrin-binding protein 1(CIB1)を同定した.CIB1発現量の低下はAβ産生量を上昇させた.また,免疫沈降法によって細胞内におけるCIB1とγ-セクレターゼとの相互作用を確認すると共に,CIB1発現量の低下がγ-セクレターゼの細胞膜への局在を低下させることを明らかにした.このことからCIB1は,相互作用によってγ-セクレターゼの細胞内局在に影響しAβ産生を負に制御していることが考えられる.さらに,ヒトAD患者脳内でのシングルセルRNAシークエンス解析から,初期AD患者脳においてCIB1 mRNAレベルが低下していることも明らかになった.これらの結果から,AD初期において脳内のCIB1発現量が低下することでAβ産生量が増加し,AD発症に寄与している可能性が示唆された.
著者
岩坪 威 富田 泰輔
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

本研究において、我々はプレセニリン(PS)を触媒サブユニットとするγセクレターゼ複合体の構成成分と形成機構の分子細胞生物学的研究を総合的に行った。γセクレターゼ複合体の必須構成因子としては、研究開始直前に蛋白化学的解析によりnicastrin(NCT)が見出され、2年度の平成14年、線虫を用いた遺伝学的スクリーニングによりAPH-1,PEN-2が同定された。しかしこれら3つのコファクター蛋白質の個々の機能は明らかでなかった。申請者らは主としてショウジョウバエ細胞を用い、RNAi法を駆使して、APH-1ならびにNCTがγセクレターゼ複合体の安定化、PEN-2が最終的な活性化を担うこと、ならびにPS, NCT, APH-1,PEN-2の4者がγセクレターゼの必須成分であることを示し(Takasugi et al. Nature 422:438-441,2003)、γセクレターゼの形成・作用機構解明の研究領域をリードする成果を挙げることができた。また有機合成化学者(福山透教授ら)との共同研究によりDAPTをプロトタイプとした低分子のγセクレターゼ阻害薬リード化合物の創製をも手がけた。特筆すべきこととして、非ステロイド系抗炎症薬sulindac sulfideがγ42切断を優位に阻害するγセクレターゼ阻害剤であることを実証した。これらの研究から、Aβ、特に凝集・蓄積性の高いAβ42分子種の生成機構が明らかになり、その産生を特異的に阻害することによりADの最初期過程を阻止・遅延させる予防・治療薬の開発が実現されるものと期待される。また発生・分化に重要なNotch,癌転移に関与するCD44などのI型膜蛋白に共通に生じる"膜内蛋白切断"の分子機構の解明につながる成果も得られた。