著者
小川 隆章
出版者
環太平洋大学
雑誌
環太平洋大学研究紀要 = BULLETIN OF INTERNATIONAL PACIFIC UNIVERSITY (ISSN:1882479X)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.83-88, 2022-03-31

豊臣秀吉による2度の朝鮮出兵(文禄・慶長の役,壬辰倭乱)に際して,朝鮮半島南部の海域で朝鮮水軍を率いて数々の勝利を挙げた李舜臣は韓国及び日本において人気の高い武将である。しかし,彼が海戦の勝利によって「制海権を保持した」とか,「日本軍の補給路を断った」とまで記述されているのは大げさであるように思える。本稿では史料・文献を精査したところ,日本の陸上軍が首都・漢城へ,さらに逃げる朝鮮国王一行を追って平壌へと進撃するのに合わせて日本水軍は海上を進み朝鮮西海岸を北上して,陸軍への補給をするという「水陸併進策」があったと多くの著作で主張されるが,それが真実かどうか,が重要であるようにみえた。李舜臣は一回目の侵攻(文禄の役)で日本水軍を閑山島海戦等で破り,この水陸併進策を挫き,2度目の侵攻(慶長の役)では鳴梁海戦でやはり水陸併進策を挫いたとみなされているようである。本稿ではこの水陸併進策について疑義を呈し,史料・文献を精査して考察を行った。
著者
小川 隆章
出版者
環太平洋大学
雑誌
環太平洋大学研究紀要 = Bulletin of International Pacific University (ISSN:1882479X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.99-105, 2018-11-30

17世紀に厳しい鎖国政策を採っていた朝鮮にオランダの貿易船が漂着した。乗組員36人が抑留され,そのうち書記のヘンドリック・ハメルが朝鮮脱出後に勤務先のオランダ東インド会社に提出した報告書はオランダで出版(1669年)され,ヨーロッパに未知の国・朝鮮を知らせた。ヨーロッパ人の目から見た17世紀の朝鮮を記述した記録として貴重な資料となった(日本では『朝鮮幽囚記』,韓国では『ハメル漂流記』の書名で出版)。現在韓国ではハメルらが漂着した済州島南岸の地に記念碑,抑留生活を過ごした麗水市にハメル博物館,康津にハメル記念館が建って居る。また,一部の歴史教科書に登場している。本稿ではハメルらが朝鮮で過ごした生活の実像とハメルの報告書の記述内容から3つの問題を考察してみたい。
著者
小川 隆章
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.119-127, 2003-11-30

野外教育の実践活動は、夏に行われるものが圧倒的に多いことが指摘されている。北海道においては児童・青年の夏休みは短く、各種のスポーツ大会や学校行事が行われることも多い。一方他地域よりも冬休みは長い。積雪期が長く、ともすれば、屋内での活動が多くなりやすい。北海道東部では同じ北海道でも日本海側に比べると冬の天候は恵まれている。筆者の印象では日本海側で雪が降ったり、風が強く、吹雪が多い時期に道東では穏やかな晴天が続き、積雪量も多くないように思われる。こういう地域では、もっと児童・青年を対象とした雪上ハイキングや歩くスキーなどの屋外活動の機会を多く設けてもいいのではないかと思う。そこで、積雪期のハイキングコースについて調べようとすると、意外にも文献になっているものがない。無雪期の、いわゆる「夏山登山」のガイドブックは何冊か出版され、各コースについて、執筆者が実際に調査して克明に記述がなされ、ハイカーは初めてのコースでも不安無く出かけることができる。ところが、積雪期のハイキングコースについては紹介されているものが見当たらない。低山といえども、山は無雪期と積雪期では様相が一変している。そこで、ここでは阿寒国立公園の地域の低山を主にとりあげ、網走・十勝・根室の各管内からも1ケ所ずつ取り上げ、積雪期のハイキングコースの実態を調査して報告することにした。(1)白湯山(標高824m)(2)阿寒湖畔のポッケ探勝路と森のこみち、および太郎湖・次郎湖(3)オンネトーと展望台(標高788m)(4)藻琴山(標高1000m)(5)和琴半島一周(6)摩周岳685mコブ(7)幌岩山(標高376m)(8)然別湖・東霊湖と天望山(標高1173.9m)(9)知床横断道から羅臼湖の9コースについて記述し、コース中の注意したい箇所などを指摘するとともに、積雪期のハイキングの楽しさを伝えるようこころがけた。