著者
明神 勲
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.107-117, 2003-11-30

連合国による日本の占領政策とその実施過程に転換と断絶があったのか、それともそれらは基本的に変化がなく連続性を保っていたのか-この問いにどう答えるかは、占領史像をどのように描き、占領・戦後改革をどのように評価するのかのキーポイントを構成する。周知のように、この問題をめぐって国際舞台で論議を呼んだのは、1980年8月、アメリカのアマースト大学で開かれた「日本占領に関する国際会議丁におけるピーター・フロスト報告(Changing Gears : The Conceptof "Reverse Course" in Studies of the Occupation)をめぐってであった。フロストは、日本の研究者の間ではほぼ通説とされ、占領史研究において市民権をえてきた「逆コース論」に対して、占領政策に「逆コース」はなくそれは基本的に連続性を保っていたとする"異議申し立でを行った。本稿は、フロストのこのような所説を、(1)再軍備問題(憲法第9条と警察予備隊の創設)、(2)公職追放とレッド・パージ問題、(3)教育・文化政策(「精神革命」)及び(4)経済政策と財閥解体・賠償政策の各分野について紹介をし、その妥当性を検証した。その結果、フロストの所説はアメリカにおける日本占領研究の主流をなす見解を代弁したものであり、資料の扱いと論証において弱点があり、「逆コース」論の有効な批判に成功していないことを明らかにした。さらに、フロスト説の検討をつうじて「逆コース」概念の再吟味のために必要とされている課題として、占領初期の非軍事化・民主化政策の実像をあるがままの等身大の姿において再定義することと、占領後期における占領政策の変化、軌道修正を評価する選択価値的視点の統一の必要性ということを提起した。
著者
岡嶋 恒 舘林 啓二
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.79-86, 2003-11-30

剣道と薙刀以外の運動競技においては、打突時に打突する部位(メン、コテ、ドウなど)を呼称することはない。剣道の有効打突の条件は「充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものとする」であり、打突部位を呼称しなければならないという項目は見当たらない。現在の「打突時における打突部位呼称」が、いつ頃から行われるようになったのか、その経緯についての知見を得ることを目的とした。流派が発生し、特徴ある修行方法や技術を作り上げていく過程において打突・斬突時に発声が行なわれており、そのことが打突部位呼称への発展に大きく関わっていく。江戸時代初期には、発声が打突・斬突を効果的にする働きがある要素として認識されていたことが推察できる。江戸時代中期には防具の改良が進み、「面」「籠手」と打突部の名称が確認できるが、各流派で打突時の発声や打突部位が統一されていないために打突部位の呼称が浸透しなかったことが推察できる。剣術の技が面、龍手、胴、突きに分かれ、その部位を打突する技の研究が進んでいく江戸時代後期が打突部位呼称の萌芽期と考えられる。直心陰流の榊原健吉は「オメーン、オコテー」と打突部位呼称を行なっていた。明治44年、剣術が中学校の正科教材に加えられることになり、文部省は武術講習会を催した。ここで剣術の指導の内容・方法の統一が図られ、打突時の発声方法や打突部位呼称が示された。打突部位呼称は、簡明適切で自然な発声方法として採用され、剣道指導を効率よく行う手段として定着していった。以後これに沿った形で剣道指導が展開されることになる。昭和27年、「全日本剣道連盟試合規則」が制定され、有効打突の条件に「打突の三要素」が組み込まれ、現在においては有効打突の必要条件として確立されている。
著者
明神 勲
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.131-142, 2005-10-30

敗戦後の連合国による占領教育政策に転換があったのか否かをめぐり教育界に異なった見解が存在する。教育史研究における通説は、占領初期の教育民主化政策は1949年ころを境とする占領後期に転換したとするものである。この所謂「逆コース」論に基づく通説にたいして近年異論が出され、占領教育政策に「逆コース」は存在せず基本的に一貫していたという見解が示されている。「逆コース」論をどのように評価するのかは、占領期教育史像をどのように描き、占領教育改革をどのように評価するかに関わる重要な論点である。本稿では、この課題に接近するために、教育政策が具体化される実施過程に着目し、東京都と神奈川県をケース・スタディとして、地域における教育改革の展開過程を描き出し、教育施策の連続性・断絶を分析した。資料としては、地方軍政部・民事部が担当地域における教育状況と彼らの活動を上部組織に月毎に報告する地方軍政部・民事部月例活動月報を用いた。分析の結果、教員組合及び共産主義に対する対応においては一定の変化が確認されたが、基本的には占領初期の教育民主化政策の実施は継続しており、連続性が強いことが明らかとなった。この点から、通説である「逆コース」論を批判的に再検討する必要性を指摘し、そのためのいくつかの課題を提起した。
著者
小松 丈晃
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.81-87, 2005-10-30

福祉国家からリスク社会へという社会変動を論じるU.ベックらが主として問題にしていたものの一つに、いわゆる「包摂と排除」の問いがある。これは、80年代当時のドイツにおいて、CDUによって「新しい社会問題」と呼ばれ、SPDと緑の党によって「三分の二社会」と語られていた事態ともかかわっている。このような状況の中で、人間がそのライフコースの中で遭遇する数々の「社会的リスク」に対する防御や補償を担うべき審級としての社会的援助(soziale Hilfe)、社会福祉活動(Soziale Arbeit)あるいは(広い意味での)ソーシャルワーク、社会教育(Sozialpadagogik)といった制度もまた大きな変容を被っている。本稿では、こうした「社会的リスク」を背景とした他者への援助・福祉を、N.ルーマンの社会システム理論、とりわけその宗教諭を手ががりとして考察するものである。ルーマンは、一つの機能システムからのある人間の排除が他の機能システムからの当該人間の排除を呼び込むという、複数の機能システムの「否定的カップリング」という今日的現象の中で、援助の可能性を何処に求められうるかを探っている。そのさい、彼が着目するのは宗教システムである。しかし、60年代以降のいわゆる「世俗化」テーゼを知る者にとってはこの立論はいささか無理があるようにも思える。だが、ルーマンは、機能システムの「機能(Funktion)」領域と「遂行(Leistung)」領域とを区別し、前者(宗教システムでいえば「教会(Kirche)」)の近年の相対的な弱体化は、後者(宗教システムでいえば「ディアコニー(Diakonie)」)の強化によって埋め合わせられているのだと考え、この「遂行」のレベルにこそ、「否定的カップリング」に対処しうる宗教システムの「新しいチャンス」を見いだそうとする。もっとも、規範のレベルにとどまらないその具体的現実化の方途の問題とともに、ディアコニーの宗教的性格の程度に由来する問題は、依然として残されている。
著者
明神 もと子
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.143-150, 2005-10-30

幼児期から学童期にかけての子どものごっこ遊びには、後の創造的想像力の芽生えが見られる。本稿では、文献や観察資料によって、ごっこ遊びの具体的な例を分析することによって、想像力の生成と発達について、考察することを目的とする。はじめに、年齢発達に沿って、変化していくごっこ遊びの姿を描写して、幼児期から学童期の想像力の特徴をとらえた。乳児期の大人と子どもの情動的交流によって形成された、対人関係能力を基盤にしながらも、1〜2歳ごろは事物の道具的操作が中心の遊びである。これは大人からの延滞模倣によるものであり、再生的想像力が主に働いている。3歳前後の遊びは事物や人の他のものへの見たてが活発になり、テーマとストーリーのある遊びに発達する。役割を演じることに、ルールがある。3歳からの就学前期はごっこ遊びの全盛期といえる。ことばとイメージを他者と共有できるようになり、ごっこ遊びは今・ここを越える想像力に支えられ、創造性を帯びてくる。つぎに、ごっこ遊びの中で、発達する想像力の性質について考察した。ごっこ遊びは子どもの現実の生活に起源をもっている。子どもは虚構の世界で行為しているが、感情は現実的に体験されている。一方、子どもは虚構すなわちごっこと現実を混同することはなく、ことば使いなどで、区別する工夫が見られる。想像力を働かせ、発達させるごっこ遊びは子どもの精神発達において、重要な役割を果たしている。近年、子どもがごっこ遊びをしなくなったとか、5歳くらいでやめてしまうなどといわれている。科学技術の粋を集めた精巧な玩具や仮想現実を作り出すゲーム遊びの普及によって、子どもたちの遊びに対する動機が変化したと考えられ、想像力の発達に対する影響が懸念される。
著者
小林 秀紹 小澤 治夫 樽谷 将志
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.113-118, 2006

本研究の目的は小学生(高学年児童)の体格・体力に関連する要因として栄養、運動および休養に関する生活状況を取り上げ、さらに運動・スポーツに対する意識を考慮したモデルによる諸要因の関連を明らかにすることであった。首都圏の小学校に通学する高学年児童(小学4〜6年生男女232名)を対象に体格・体力の測定および生活状況・意識等の調査を行った。体格・体力に関与する栄養、運動、休養および運動・スポーツに対する意識等の要因を明らかにするために、探索的因子分析ならびに構造方程式モデルを適用し、包括的な関係を検討した。本研究が対象とした首都圏の高学年児童の体格および体力は標準的で歩数の点から比較的活動的な集団であった。体格・体力の構成概念は「体格・基礎体力」と「体力」に分離され、体格と体力の未分化が窺えた。運動・スポーツに対する意識は「積極性」と「消極性」に大別され、多くのものは積極的な意識を運動あるいはスポーツに対して抱いていた。子どもの生活状況と体力構成要素との関係において、睡眠を中心とした休養に関する生活状況と歩数に代表される運動量が体格・基礎体力を形成することが明らかとなった。また、体力の水準に応じた運動・スポーツに対する意識のあり方を検討する必要があると考えられた。
著者
三島 利紀 小澤 治夫 佐藤 毅 樽谷 将志 西山 幸代
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.139-144, 2006

高校生の生活と貧血の実態がいかなるものかを明らかにする事を目的として本調査を行った。調査対象は、北海道内のK校に通う602名(男子510名、女子92名)、関西圏のY校に通う338名(男子207名、女子131名)である。調査は、K校が食事・睡眠・運動など生活や健康についてのアンケートと血色素量の測定、Y校は血色素量の測定のみで、単純集計した。K校においては、生活・健康アンケートと血色素量の関係をみることとし、Y高校に関しては、K校との血色素量比較をすることとした。結果、1.K校の22.0%、女子19.6%、Y校男子55.1%、女子45.0%に基準血色素量を下回る者が見られた。2.両校とも女子より男子に多かった。3.K校において、手の冷たい学生が貧血傾向を示した。4.K校の寮・下宿・アパートに生活する学生に貧血傾向が見られた。5.K校において、睡眠不足・運動不足傾向の学生が多く、そうした生活習慣が貧血に影響している傾向が見られた。一般的に女子に多いといわれる貧血であるが、運動・食事等が充実していた男性に多くなってきたことは、大きな問題であり、睡眠・食事・運動といった生活習慣の見直しが男女問わず求められることが示唆された。
著者
菅原 恵 北澤 一利
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.95-99, 2005-10-30

平成17年5月10日、介護保除法改正案が衆議院本会議で可決された。改正案の柱となったのは、要介護度が低い要支援・要介護1の人を対象に「新予防給付」を導入し、介護予防中心の筋力トレーニングや栄養指導を充実させることであった。そのねらいとして厚生労働省は、毎年10%ずつ増えている介護給村費の抑制と要支援・要介護1の認定者の増加を食い止めることを挙げている。これらの介護保険事業は、各市町村が地域の実情に応じた計画を立て、実施することとなっている。北海道教育大学釧路校保健体育科では、平成15年度より標茶町と協働して、同町で実施されている既存事業への参加や住民の健康・体カデータを保存管理し分析するシステムを開発するなど住民の健康管理のための合同事業を進めてきた。本稿では、標茶町で実施されている介護予防事業の実態について調査した結果を報告する。標茶町が実施した介護予防事業のうち、対象者の身体機能にはっきりと効果があったのは「転倒予防教室」であった。平成16年度に実施した転倒予防教室では、「レッグパワー測定」、「健脚度チェック」において、すべての参加者に15〜20%筋力向上効果が現れている。しかし、転倒予防教室以外の取り組みについては、はっきりした効果は得られなかった。今後もさらに重要視されていくであろう介護予防事業をよりいっそう効果的に展開していくためには、対象者へのフィードバックといった個人への対応も重要であるが、事業自体を評価していくシステムの必要性も高まっていくと考えられる。
著者
竹内 康浩
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.87-93, 2003-11-30

先に私は『「正史」はいかに書かれてきたか』を著わし、中国の歴史書の成立とその編纂の伝統について若干の考察を試みた。そこにおける問題意識は、中国歴代王朝において執念とでも言うべき情熱を以て行われた正史編纂事業の持つ意味と、正史を編纂するに当たって設けられたさまざまな基準、とを中心とした。しかしそれら以外にもまだ問題がある。即ち、過去に実在しなかったものを実在したかのように記しながら、しかしそれを書いた人物が「捏造」意識を全く持たなかったであろう書き換えが、実は歴史書の中には極めて多数存在するのである。実際には存在しなかった人物が活躍し、実際には存在しなかった地名が各地に散在することとなっても、編纂者はそれを程遠として意識せず、それどころかむしろ細心の配慮を以て書き換えを励行したのである。その書き換えは、編纂者の個人的主観によるものではない。中国に古くから存在する「避諱」という習慣に基づくものである。「避諱」は単なる習慣というレベルを越えて、「同時代の常識による無意識的な表現様式」として、著作を始めあらゆる表現行為に対して影響を与えている。従来は、歴史書編纂という行為について、まさにその「歴史」に関わるという特別な営みの面を余りにも重視してきたのではないであろうか。歴史書編纂という行為に対しても、表現行為一般の中における位置づけを正当に与える必要があり、そのために、過去における「無意識的な表現様式」の部分にも光を当てねばならない、と考えるものである。まさにその問題提起として、本稿は、「避諱」という習慣を取り上げて検討を加えるものであり、まず、その問題意識と方法論とを提示するものである。
著者
佐藤 毅 岡崎 勝博 菅原 恵 造田 哲也 北澤 一利 小澤 治夫
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.89-94, 2005-10-30

近年、子どもたちの生活には睡眠不足や食生活の不適切などが見られ、そうした問題が子どもたちから快活さを失わせている。北海道は自然に恵まれた生活環境にあるが、子どもたちの生活や健康あるいは体力の実態には懸念もされている。そこで、道東の中学生の生活がいかなるものかを明らかにすることを目的として本調査を行った。その結果、東京都内の中学生と比較して北海道内の中学生の方が健康状態は悪いと感じている生徒が多く、特に「眠い」と感じている割合が大変高かった。その原因は就寝時間が遅く、睡眠時間が6時間以下という生徒の割合が30%以上であるということが考えられる。その他に感じている症状としては、「目が疲れる」「考えがまとまらない」「いらいらする」などがあげられた。さらに、道内中学生は学習意欲についても低く、その理由としては「気分がすぐれない」「体調が悪い」といったものが多くあげられている。「勉強や宿題」「友人関係」など精神面に関わるものより、健康状態に関わった理由が多いのは、慢性的な睡眠不足が影響を及ぼしていると考えられる。また、体力測定の結果から道内中学生は筋力や瞬発力は優れているが、持久力が劣っていることがわかった。瞬間的に力を発揮することはできるが、健康状態の悪い道内中学生は、長い時間力を出し続けること、がんばり続けることが苦手であるということが考えられる。今後、学校においては生徒の生活習慣改善を図る指導や、家庭への啓蒙を継続的に行っていく必要がある。さらに、体力を向上させる体育の授業の構築を継続的に行っていくことが重要である。
著者
明神 もと子
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.77-83, 2004-11-30

ヴィゴツキーの心理学理論は現代の幼児教育に対しても、重要な視点を提供している。子どもを生まれながら社会的存在ととらえ、大人との、また、子ども同士の相互作用の発達における役割を強調する。現下の発達水準ではなく、発達の可能な水準に焦点をあわせた、大人による援助が子どもの発達を促進するという観点は、子ども中心か教師中心の一方の教育方法に傾きやすい日本の幼児教育に多くの示唆を与えている。幼児教育は子どもの心理発達を理解せずにはなりたたない。しかし、発達理論と教育実践の結びつきの必要性は叫ばれても、そのような研究は少ない。心理学で子どもの心理発達を理解しても、それがすぐに、教育方法や評価にむすびつかないからである。ヴィゴツキーの理論は、発達と教育を統一し、幼児教育の独自性を明確に表現している。本稿ははじめに、学会発表をもとに、日本の幼児教育に果たしている心理学研究の実態と課題をしめした。ついで、ヴィゴツキーの就学前教育に関する報告の概要を述べ、そのなかから、発達の最近接領域と幼稚園の指導計画に関する課題をとりだし、日本の研究者の見解もまじえながら考察をした。日本の幼児教育には、子ども中心主義の理念のもとで、系統性を欠くプログラムになり、保育者の指導性があいまいにされていることや学校との連続性が配慮されていないことの問題がある。これらの解決のためには、ヴィゴツキーの就学前教育のプログラムを「自然発生的-反応的タイプ」と特徴づける考えから多くを学ぶことができる。
著者
大木 文雄 ダールストローム アダム
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.69-77, 2003-11-30

深潭七郎の『楢山節考』は、典型的に日本的な作品なのであるが、その作品が外国人にも理解され感動を与えることができるかというところから拙論のテーマは発している。筆者はこの小説『楢山節考』を、昨年平成14年度後期から今年平成15年度前期にかけて、北海道教育大学釧路校の外国人留学生のための授業「日本文化論」の教材にも使ってきた。この小説をこの授業の教材に取り上げたそもそもの理由は、勿論この小説が戦後の日本文学を代表する決定的な作品であり、日本文化を勉強しようとしている彼ら外国の学生たちにとってこの小説は最適の教材と思っていたからである。しかしそれと同時に筆者にはもうひとつの期待があった。それは外国の彼らも一体にこの小説にショックを受けるであろうか、そしてこの小説に感動するであろうかという一縷の望みを内に孕んだ密かな期待であった。そしてその期待は実現した。しかしその感動の源泉は一体どこからくるのであろうかというのがこの論文のライトモチーフである。拙論では特にハンガリーの神話学者カール・ケレーニーイ(Karl Kerenyi 1897-1973)の根源神話(Urmythologie)を援用しつつ、ドイツの古代史学者フランツ・アルトハイム(Franz Altheim 1898-1976)の著書『小説亡国論』を分析しながら、この『楢山節考』を比較検討している。スウェーデンのアダム・ダールストローム君は、国費研究生として北海道教育大学釧路校で日本文化を研究してきた。とりわけ彼はこの『楢山節考』に関心を待って筆者の指導を受けた。彼の論文には意味深いものがあると思われるのでここに補遺の形で掲載することにした。
著者
酒井 多加志
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.49-56, 2004-11-30

江戸時代の北海道の港湾は西廻り航路により、大坂・江戸と結ばれていた。当時、港は船が安全に停泊できる静穏な海水面が得られる場所が選ばれることが多かった。北海道では"松前"と"江差"と"箱館"が蝦夷三湊として賑わった。このうち"松前"は天然の良港ではなかったが、東西蝦夷地の産物の集散場所として適していたこと、海上交易は藩経営と直接結びついていたこと等により、江戸時代を通じて港湾としての機能を果たしていた。日米和親条約締結後、箱館港は外国船の入港ばかりでなく、北海道開拓のゲートウェイとしてもますます発展し、箱館港を中心とする沿岸航路の輸送ネットワークが形成された。明治10年代に入ると、明治政府は殖産興業と富国強兵政策のもと、港湾整備に取りかかったが、北海道では函館港の整備が行われた。明治中頃からは北海道内陸部の開拓の進行とともに小樽港が、そして明治末からは石炭の積出港および工業港としての室蘭港が発展した。戦後、地方港湾の整備が進むとともに、地域開発と結びついた苫小牧港が建設された。苫小牧港は日本最初の本格的な掘込み港湾でもある。現在は北海道一の貨物取扱量を誇るとともに中長距離カーフェリーの航路数および輸送量は全国一となっている。1970年以降はコンテナリゼーションが進行したが、北海道はコンテナ貨物への対応が遅れている。しかし、北海道は東アジアと北アメリカを結ぶ主要国際コンテナルート上に位置しており、また今後の経済発展が期待されている北東アジア(ロシア極東・中国東北部)と地理的に近接している。従って、北海道の港湾はこれら位置的な優位性から北東アジア全体のゲートウェイとしての発展が期待されている。
著者
小川 隆章
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.119-127, 2003-11-30

野外教育の実践活動は、夏に行われるものが圧倒的に多いことが指摘されている。北海道においては児童・青年の夏休みは短く、各種のスポーツ大会や学校行事が行われることも多い。一方他地域よりも冬休みは長い。積雪期が長く、ともすれば、屋内での活動が多くなりやすい。北海道東部では同じ北海道でも日本海側に比べると冬の天候は恵まれている。筆者の印象では日本海側で雪が降ったり、風が強く、吹雪が多い時期に道東では穏やかな晴天が続き、積雪量も多くないように思われる。こういう地域では、もっと児童・青年を対象とした雪上ハイキングや歩くスキーなどの屋外活動の機会を多く設けてもいいのではないかと思う。そこで、積雪期のハイキングコースについて調べようとすると、意外にも文献になっているものがない。無雪期の、いわゆる「夏山登山」のガイドブックは何冊か出版され、各コースについて、執筆者が実際に調査して克明に記述がなされ、ハイカーは初めてのコースでも不安無く出かけることができる。ところが、積雪期のハイキングコースについては紹介されているものが見当たらない。低山といえども、山は無雪期と積雪期では様相が一変している。そこで、ここでは阿寒国立公園の地域の低山を主にとりあげ、網走・十勝・根室の各管内からも1ケ所ずつ取り上げ、積雪期のハイキングコースの実態を調査して報告することにした。(1)白湯山(標高824m)(2)阿寒湖畔のポッケ探勝路と森のこみち、および太郎湖・次郎湖(3)オンネトーと展望台(標高788m)(4)藻琴山(標高1000m)(5)和琴半島一周(6)摩周岳685mコブ(7)幌岩山(標高376m)(8)然別湖・東霊湖と天望山(標高1173.9m)(9)知床横断道から羅臼湖の9コースについて記述し、コース中の注意したい箇所などを指摘するとともに、積雪期のハイキングの楽しさを伝えるようこころがけた。
著者
戸田 須恵子
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.59-69, 2006

母親の養育態度と幼児の自己制御機能及び社会的行動との関係を検討することを目的に、幼稚園に通っている母親を対象に研究への協力を求め、176名(男児86名,女児90名)の母親から研究への参加協力を得た。質問紙は、幼稚園を通して母親に配布された。質問紙は50項目からなり、因子分析の結果、7因子が抽出された(受容/子ども中心主義、統制/専制的、一貫性のないしつけ、服従的、過保護、甘やかし、放任)。幼児の自己制御機能及び社会的行動に関しては、幼稚園の先生に評価してもらった。自己制御機能については、因子分析の結果、自己主張と自己抑制の2因子が抽出され、社会的行動については因子分析の結果、思いやり行動と攻撃的行動の2因子が抽出された。母親の養育態度と幼児の制御機能との関係では、自己主張と母親の養育態度、服従的、過保護、甘やかしに負の関係が認められた。又、思いやり行動と過保護と負の関係が認められた。さらに、幼児の制御機能や社会的行動に影響を及ぼす母親の養育態度について重回帰分析を行ったところ、幼児の自己主張にマイナスの影響を与えていたのは、母親の養育態度の中で、過保護と甘やかしであった。又、思いやり行動に影響を与えている養育態度は、過保護であった。これらの結果は、母親が幼児を育てる過程で、自己主張や思いやり行動を育てるには、過保護や甘やかしといった行き過ぎた母親の養育行動がマイナスの影響を及ぼしていることを示唆している。どのような育て方をすれば、幼児の自己主張や向社会的行動が育てられるのか、さらに継続して検討していくことが必要である。