著者
明神 勲
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.107-117, 2003-11-30

連合国による日本の占領政策とその実施過程に転換と断絶があったのか、それともそれらは基本的に変化がなく連続性を保っていたのか-この問いにどう答えるかは、占領史像をどのように描き、占領・戦後改革をどのように評価するのかのキーポイントを構成する。周知のように、この問題をめぐって国際舞台で論議を呼んだのは、1980年8月、アメリカのアマースト大学で開かれた「日本占領に関する国際会議丁におけるピーター・フロスト報告(Changing Gears : The Conceptof "Reverse Course" in Studies of the Occupation)をめぐってであった。フロストは、日本の研究者の間ではほぼ通説とされ、占領史研究において市民権をえてきた「逆コース論」に対して、占領政策に「逆コース」はなくそれは基本的に連続性を保っていたとする"異議申し立でを行った。本稿は、フロストのこのような所説を、(1)再軍備問題(憲法第9条と警察予備隊の創設)、(2)公職追放とレッド・パージ問題、(3)教育・文化政策(「精神革命」)及び(4)経済政策と財閥解体・賠償政策の各分野について紹介をし、その妥当性を検証した。その結果、フロストの所説はアメリカにおける日本占領研究の主流をなす見解を代弁したものであり、資料の扱いと論証において弱点があり、「逆コース」論の有効な批判に成功していないことを明らかにした。さらに、フロスト説の検討をつうじて「逆コース」概念の再吟味のために必要とされている課題として、占領初期の非軍事化・民主化政策の実像をあるがままの等身大の姿において再定義することと、占領後期における占領政策の変化、軌道修正を評価する選択価値的視点の統一の必要性ということを提起した。
著者
岡嶋 恒 舘林 啓二
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.79-86, 2003-11-30

剣道と薙刀以外の運動競技においては、打突時に打突する部位(メン、コテ、ドウなど)を呼称することはない。剣道の有効打突の条件は「充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものとする」であり、打突部位を呼称しなければならないという項目は見当たらない。現在の「打突時における打突部位呼称」が、いつ頃から行われるようになったのか、その経緯についての知見を得ることを目的とした。流派が発生し、特徴ある修行方法や技術を作り上げていく過程において打突・斬突時に発声が行なわれており、そのことが打突部位呼称への発展に大きく関わっていく。江戸時代初期には、発声が打突・斬突を効果的にする働きがある要素として認識されていたことが推察できる。江戸時代中期には防具の改良が進み、「面」「籠手」と打突部の名称が確認できるが、各流派で打突時の発声や打突部位が統一されていないために打突部位の呼称が浸透しなかったことが推察できる。剣術の技が面、龍手、胴、突きに分かれ、その部位を打突する技の研究が進んでいく江戸時代後期が打突部位呼称の萌芽期と考えられる。直心陰流の榊原健吉は「オメーン、オコテー」と打突部位呼称を行なっていた。明治44年、剣術が中学校の正科教材に加えられることになり、文部省は武術講習会を催した。ここで剣術の指導の内容・方法の統一が図られ、打突時の発声方法や打突部位呼称が示された。打突部位呼称は、簡明適切で自然な発声方法として採用され、剣道指導を効率よく行う手段として定着していった。以後これに沿った形で剣道指導が展開されることになる。昭和27年、「全日本剣道連盟試合規則」が制定され、有効打突の条件に「打突の三要素」が組み込まれ、現在においては有効打突の必要条件として確立されている。
著者
明神 勲
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.131-142, 2005-10-30

敗戦後の連合国による占領教育政策に転換があったのか否かをめぐり教育界に異なった見解が存在する。教育史研究における通説は、占領初期の教育民主化政策は1949年ころを境とする占領後期に転換したとするものである。この所謂「逆コース」論に基づく通説にたいして近年異論が出され、占領教育政策に「逆コース」は存在せず基本的に一貫していたという見解が示されている。「逆コース」論をどのように評価するのかは、占領期教育史像をどのように描き、占領教育改革をどのように評価するかに関わる重要な論点である。本稿では、この課題に接近するために、教育政策が具体化される実施過程に着目し、東京都と神奈川県をケース・スタディとして、地域における教育改革の展開過程を描き出し、教育施策の連続性・断絶を分析した。資料としては、地方軍政部・民事部が担当地域における教育状況と彼らの活動を上部組織に月毎に報告する地方軍政部・民事部月例活動月報を用いた。分析の結果、教員組合及び共産主義に対する対応においては一定の変化が確認されたが、基本的には占領初期の教育民主化政策の実施は継続しており、連続性が強いことが明らかとなった。この点から、通説である「逆コース」論を批判的に再検討する必要性を指摘し、そのためのいくつかの課題を提起した。
著者
石井 由紀夫
出版者
北海道教育大学
雑誌
語学文学 (ISSN:02868962)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.9-16, 2000-03
著者
小松 丈晃
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.81-87, 2005-10-30

福祉国家からリスク社会へという社会変動を論じるU.ベックらが主として問題にしていたものの一つに、いわゆる「包摂と排除」の問いがある。これは、80年代当時のドイツにおいて、CDUによって「新しい社会問題」と呼ばれ、SPDと緑の党によって「三分の二社会」と語られていた事態ともかかわっている。このような状況の中で、人間がそのライフコースの中で遭遇する数々の「社会的リスク」に対する防御や補償を担うべき審級としての社会的援助(soziale Hilfe)、社会福祉活動(Soziale Arbeit)あるいは(広い意味での)ソーシャルワーク、社会教育(Sozialpadagogik)といった制度もまた大きな変容を被っている。本稿では、こうした「社会的リスク」を背景とした他者への援助・福祉を、N.ルーマンの社会システム理論、とりわけその宗教諭を手ががりとして考察するものである。ルーマンは、一つの機能システムからのある人間の排除が他の機能システムからの当該人間の排除を呼び込むという、複数の機能システムの「否定的カップリング」という今日的現象の中で、援助の可能性を何処に求められうるかを探っている。そのさい、彼が着目するのは宗教システムである。しかし、60年代以降のいわゆる「世俗化」テーゼを知る者にとってはこの立論はいささか無理があるようにも思える。だが、ルーマンは、機能システムの「機能(Funktion)」領域と「遂行(Leistung)」領域とを区別し、前者(宗教システムでいえば「教会(Kirche)」)の近年の相対的な弱体化は、後者(宗教システムでいえば「ディアコニー(Diakonie)」)の強化によって埋め合わせられているのだと考え、この「遂行」のレベルにこそ、「否定的カップリング」に対処しうる宗教システムの「新しいチャンス」を見いだそうとする。もっとも、規範のレベルにとどまらないその具体的現実化の方途の問題とともに、ディアコニーの宗教的性格の程度に由来する問題は、依然として残されている。
著者
秋田 和子 芝木 美沙子 笹嶋 由美
出版者
北海道教育大学
雑誌
北海道教育大学紀要. 教育科学編 (ISSN:13442554)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.31-46, 2006-02
被引用文献数
1 or 0
著者
有田 素子
出版者
北海道教育大学
雑誌
情緒障害教育研究紀要 (ISSN:0287914X)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.31-34, 1985-03-15

北海道留萌市にあるかもめ幼稚園は,昭和32年開園と同時に障害児を受け入れ,北海道における障害児保育の草分け的存在といわれる。漁業中心のしかも閉鎖的ともいえるこの地に,なぜ早い時期から障害児保育が生まれ存続してきたのだろうか。27年間にもおよぶ実践を通し,その成立過程・保育内容の変遷をたどることによってこれから障害児保育を手掛けようとする地域,あるいはその保育に携わっている人達に対して重要な示唆を与え得ると考え,延べ10数回にわたる訪問面接調査および障害児保育実践の参加観察を行った。かもめ幼稚園の障害児受け入れは意図的かつ組織的なものではなく,偶然障害児が入園したことがきっかけであった。当初の保育はオープン方式で,園児40名教師4名と人的条件には恵まれていたが,障害児の指導方法もわからぬままのスタートで,毎日がその子中心の保育のようなものであった。翌年からは増設に伴い横割りのクラス編成となり,障害児は各クラスに在籍,一斉保育に支障があると思われる場合には個別指導を加味した。昭和52年「つくし学級」という特別な学級を設置し,障害児をそこに在籍させ個別指導中心の特殊学級的役割を持たせたが,いくつかの問題点があり1年後には廃止した。経過の反省の中から障害児を再び各クラスに在籍させ,つくしの部屋は個別指導の場として,また自由遊び時は誰もが入って道べる部屋として利用されている。現在,障害児は自由遊び時も一斉保育時も原則として健常児とともに過ごしており,子どものその日の状態によって自由遊び時は集団に参加させても一斉保育時には個別指導をするなど,臨機応変に対応している。障害児の入るクラスは複担制をとっており,教師達は努力と協力を惜しまず,より適した指導方法を求めて日々研さんを積んでいる。この障害児保育を支える地域的な諸条件も数多くあり,それらについても考察をした。
著者
村田 昌俊 及川 雄一郎 古川 宇一
出版者
北海道教育大学
雑誌
情緒障害教育研究紀要 (ISSN:0287914X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.79-90, 1994-03-10

従来,わが国の心身障害児の療育は主に彼らの発達をいかに促進し,社会的適応能力を高めるかということに視点がおかれ,健常者にとって好ましい価値感によって彼らを囲いこんでしまう傾向が強かった。しかし,医療・教育・福祉のそれぞれの分野ではその視点を転換し,彼らのライフステージを見すえ,たんに社会適応をめざすのではなく,彼らの生活の質の向上や家族支援に視点をおいた総合リハビリテションシステムを進展させつつある。障害児に対する地域福祉が究極的にめざすものはクオリティ・オブ・ライフであり,「誰もが豊かな生活を追求することができるような社会」を市民レベルで地域の中に作り出して行く営みが重要である。筆者らは障害のあるなしにかかわらず,子供たちの生活が潤いと豊かさを持って活動できるような場面を作りたいと思っている。今回は,その一つの段階として,もっとも遊び環境が疎外されやすい障害児とその家族についての遊び・遊び場についての実態調査を行なった。今回の調査では(1)「子供の日常生活や生活環境」,(2)「子供の遊びや余暇活動」,(3)「遊び環境」,(4)「親の余暇活動」,(5)「将来の生活に目をむけた遊び・遊び環境」という5つの観点から調査を行った。その結果を参考にし,今後の具体的な基盤整備に向けた実践的な課題を見つけて行きたいと思う。
著者
鹿内 信善
出版者
北海道教育大学
雑誌
年報いわみざわ : 初等教育・教師教育研究 (ISSN:02859300)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.73-88, 1991-03-25

アイヌ文学は、すべて口承文学であり、物語の展開がわかりやすいものが多い。それを教材とした場合,よほど意外性のある方向づけをしない限り、面白い授業になりにくい。そこで、本研究では、アイヌ文学を教材としながらも、トナカイから始まりサンタクロースで終わる授業を行ってみた。その授業記録を参照しながら、アイヌ文学の教材化可能性について検討する。今回は、アイヌ文学が備えている環境教育教材としての側面をとくに強調してみた。