著者
尾形 大
出版者
山梨大学教育学部
雑誌
山梨大学教育学部紀要 (ISSN:24330418)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.v1-14, 2023-02-21

一九五〇年に小山書店から刊行されたD・H・ロレンスの長編小説『チャタレイ夫人の恋人』の訳書が、同年六月に刑法第百七十五条「猥褻文書販売罪」の廉で摘発された。翻訳者・伊藤整と小山書店社長の小山久二郎が起訴され、一九五一年五月の第一回公判から一九五七年三月の最高裁判決まで約七年におよぶチャタレイ事件が幕を開けた。突如裁判の当事者になった伊藤は、東京地裁での第一審の内容を小説『裁判』としてまとめた。この『裁判』は、初出稿と初刊本で大きく加筆修正と増補がなされている。これら二つのテクストの間の異同に加えて、伊藤が執筆時に資料として利用した速記録(『「チャタレイ夫人の恋人」に関する公判ノート』)が存在する。これらの比較・分析をとおして、伊藤が「体験」および「記録」をどのように「文学」に作り変えたのか、その方法と意図を考察し、『裁判』の意義を検討した。
著者
尾形 大
出版者
横光利一文学会
雑誌
横光利一研究 (ISSN:13481460)
巻号頁・発行日
vol.2021, no.19, pp.15-27, 2021 (Released:2023-03-29)

1930年前後の横光利一を考える際、「新心理主義文学」という〈モード〉とあわせて、伊藤整は横光の近くにしばしば位置づけられてきた。しかし、こうした認識は戦後伊藤が横光文学を語るなかで提出した文学史的な見取り図に引き寄せられているように思えてならない。本稿は1930年前後の若い文学者たちが、〈翻訳〉という営為を軸に結びつくなかで形成された同時期の〈文学者ネットワーク〉の一部を整理し、そのうえで伊藤と横光の小説実践の比較をとおして両者の「心理」をめぐる認識の相違を考察した。事後的に「新心理主義文学」という枠組みに押し込められる両者の関係性の近さと遠さの一端を明らかにした。