著者
山末 祐二 植木 邦和 千坂 英雄
出版者
日本雑草学会
雑誌
雑草研究 (ISSN:0372798X)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.188-197, 1987-10-30
被引用文献数
4

タイヌビエ種子の休眠・発芽における生態的挙動に対する生理・生化学的機構(physiological ecology or ecophy siology)を解明しようとする研究の第一歩として、休眠および休眠覚醒種子の生理的特徴を呼吸およびその関連酵素の活性から検討した。供試種子は農研センター鴻巣試験地由来のタイヌビェから採集したもので、休眠種子は採種後-21℃に貯蔵してその休眠性を維持させ、またこの一部の種子を4℃土壌埋没処理によって休眠覚醒種子を得た(Figure 1)。測定項目は30℃、明条件の発芽床に置床したときのCO_2/0_2交換、エタノール生成、呼吸関連酵素(G6PDH、 6PGDH、 ADH、 ICDH、 cytochrome c oxidase、 polyphenol oxidase、 catalase、 peroxidase)活性の変動であった。休眠種子は置床全期間を通じてCO_2/O_2交換量、すべての酵素活性においてほとんど変動がたく、呼吸代謝的にも全く静止状態にあると考えられた。また、RQ値が1.0付近に維持され、cytochrome c oxidase活性も低いレベルで存在することから(Figures 3,4)、休眠種子は通常の電子伝達系で僅かだから好気呼吸していることが示唆された。しかし、測定された酵素の活性(Figures 4,6)、とくにADH活性は休眠覚醒種子の置床0 hrに比べ比較的大きく、休眠種子内では酵素活性そのものが制限要因でなく、何らかの機作で酵素反応が静止しているものと考えられた。しかし、休眠覚醒種子においては、置床直後からRQ値、ADH活性などが急激に増大し(Figures 3,4)、多量のエタノールが生成されるが(Figure 5)、その後鞘葉、根鞘の突出によって外被が破られ外部酸素が利用可能とたるとADH活性は低下し、代ってcytochrome c oxidase活性が増大し始め、RQ値も1.0に近づいた(Figures 3,4)。したがって、休眠覚醒種子は花被、果皮などを含む外被によって胚に対する酸素の供給が制限されており、置床後から鞘葉だとの突出までの幼芽の生長に必要なエネルギーはアルコール発酵系によって獲得されることが示唆され、この置床初期におけるADH活性の急激な増減は発芽の肉眼的観察以前におこる重要な生理的形質と考えられた。
著者
山末 祐二
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1998

この研究では、ヒエ属植物の種子休眠性の遺伝様式を交雑実験の手法によって解明することと、分子生物学的手法によって休眠に関与する遺伝子の単離とクローニングすることを目標とした。1.種子休眠性をもつ雑草型と休眠性を遺伝的に欠損した栽培型のタイヌビエの正逆交雑し、F_2個体が生産する種子の発芽率を個体ごとに調査することによって休眠性の遺伝様式を推定した。この結果、タイヌビエの種子休眠性には優生とする2対の主動遺伝子の存在が示唆された。2.タイヌビエとヒメタイヌビエの休眠種子、自然休眠覚醒種子、KCN処理で休眠覚醒したタイヌビエ種子と栽培ヒエの非休眠種子を供試して休眠種子に特異的なmRNAのcDNAをDifferential display法で検索した。この結果、二つの休眠特異的なcNDA、すなわち、EcD400とEcD700が検出された。また、EcD400とEcD700をノーザン解析したところ、休眠覚醒種子でもそれらのmRNAの発現が100%阻害されているのではなく、休眠種子に比べてかなり量的に抑制されていることが明らかとなった。クローニングされたEcD400とEcD700の塩基配列をデータ・ベース検索した結果、EcD400と高いホモロジーを示す既知のタンパクは検索されなかった。一方,EcD700のホモロジー検索では,さまざまな生物種のミトコンドリア内のATP合成酵素(H^+-ATPase、EC3.6.1.34)のαサブユニットが高い相同性を示した。3.交雑実験と分子生物学的解析は、ともにヒエ属植物の種子休眠性には2つの遺伝子が関与することを示し、その一つがミトコンドリアのH^+-ATPaseをコードする遺伝子ある可能性も示唆された。この知見と我々のこれまでの研究成果を合わせ考えると、ヒエ属植物の種子は好気呼吸によって休眠を維持し、嫌気呼吸能を高めることによって休眠から覚醒するとする考えられた。