著者
山本 佐和子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.29-44, 2012-01

助動詞「ベシ」は本来ク活用だが,中世室町期にはシク活用化したものが見られる。本稿では,シク活用化が「ツ+ベシ」である「ツベイ」でのみ起きることに注目し,「ベシ」の意味の二面性とモダリティ体系の史的変遷との関わりから,その要因を考察する。「ベシ」の意味は,状態・性質を表す〈事態的意味〉と,話し手の判断作用を表す〈認識的意味〉とに大別される。「ツベシ」「ヌベシ」は,中古から〈事態的意味〉専用の形式として存しており,「ツベシ」が「可能」,相補的に「ヌベシ」は「潜勢状態」を表す。室町期に,「ツベイ」から「ツベシイ」が生じたのは状態を評価的に表すためで,当期にク活用形容詞からシク活用形容詞が派生した現象と一連のものと捉えられる。また,当期には「ウズ」が,「ベシ」の〈認識的意味〉を担って,「ベシ」は文語化する。〈事態的意味〉を表す「ツベイ」は,「ベシ」より長く口語に残り,後代,「サウナ」等が発達するまで命脈を保ったものと考えられる。
著者
山本 佐和子 Sawako Yamamoto
出版者
同志社大学国文学会
雑誌
同志社国文学 = Doshisha Kokubungaku (ISSN:03898717)
巻号頁・発行日
no.92, pp.170-185, 2020-03-20

室町期に見られる「ゲナ」(例.「ヤレ杜鵑ハ、吾ガ心中ヲ知テ不如帰トナクゲナヨ」中華若木詩抄)が、モダリティのうち「本体把握」(大鹿薫久1995「本体把握―「らしい」の説―」)を表すことを手がかりに、形容動詞派生接辞「~ゲナリ」がモダリティ形式となる史的変化の過程を検証した。「~ゲナリ」は、中世前期に名詞に付く用法を生じており、活用語連体形を述部とする準体句に後接する過程を経て、モダリティ形式としての用法を獲得したと考えられる。廣田收教授退職記念号
著者
山本 佐和子
出版者
同志社大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2017-04-01

本研究は、中世室町期の「抄物」について、多くの先行説を類聚・列挙した「編纂抄物(集成抄物、取り合わせ抄物)」の言語研究資料としての性格を明らかにすることを目的として、文献資料の発掘・調査と言語事象の記述研究を行っている。本研究課題以降には、この種の抄物について、抄物の成立時期半ばの1530年頃から最末期の織豊期にかけて、公家・高家に漢籍注釈書として受容される様相を書誌学・文献学的調査によって明らかにし、その言語的特徴の由来を考察する予定である。今年度は、2018年度に研究発表した、中世後期~近世の注釈書における文末表現「~トナリ」について使用実態と文法的性格を論文にまとめ、抄物の成立背景と言語的特徴は、抄物と同時期の古典講釈・注釈史の中で捉え直す必要があることを指摘した。本研究では一昨年度までに、建仁寺両足院蔵「杜詩抄」に一般の仮名抄には殆ど見られない文末表現「ヂャ」や「ゾウ〈候゛〉」等が認められることを指摘してきたが、「~トナリ」もその一つである(約220例使用)。一方で、「~トナリ」は近世以降の通俗的な注釈書・学習書では多用されている。論文では、注釈表現「~トナリ」が、応仁の乱以降、即ち、口語的な仮名抄の多くが作られた時期と同時期に成立した「源氏物語」「伊勢物語」等の和文の注釈書で、原典の解釈(当代語訳)を示す用法で多用されるようになる実態を明らかにした。注釈書においてこの種の定型的な「~トナリ」が多用された要因には、当時の言語変化(亀井孝「言語史上の室町時代」『図説日本文化史大系』4、1957年)及び、古典の受容層の拡大・変容による注釈書の質的変容(伊井春樹『源氏物語注釈史の研究 室町前期』桜楓社、1980年)が関わっていると考えられる。