著者
山本 成生
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究は、北フランスのカンブレー大聖堂の聖歌隊を素材として、中世・ルネサンス時代における音楽家の社会的身分とその組織構造の解明を目指すものである。今年度は、これまでの研究のまとめとして、上記の教会における音楽制度の総合的な考察を行った。まず予備的な考察として、近年の「音楽拠点」研究の動向を整理し、それらを評価しつつも前近代における音楽家身分のあり方という観点については、やや議論が不足している点を批判した。次に、カンブレー大聖堂の歴史や教会制度全般を概観し、参事会に由来する資料群を「史料論」的な視点を踏まえて整理した。本論においては、まず教会参事会の音楽保護政策を検討した。そこには芸術の庇護者としてパトロンのあり方は存在しなかった。本来、礼拝(=成果の演奏)を司るべき参事会員が、その職務を下級聖職者に代行させていた事実が、教会の音楽保護政策を規定していたのである。次に、音楽家とみなされる各種の職務、すなわち「代理」「少年聖歌隊」そしてこれらを監督する「代理担当参事会員」が、職掌と在職者の伝記的情報から検討された。先行研究において、これらの諸身分は専ら「歌手」ないしは「音楽家」としてのみ扱われてきたが、本研究においては彼らが「聖職者」としての志向と「音楽家」としてのそれの間で揺れ動いていた点が指摘された。結論においては、これらの成果を踏まえ、中世・ルネサンスにおける「聖歌隊」とは、近代的な意味での「職業的芸術家」の集団ではなく、雑多ながらも「共同体」というアイデンティティによってまとまっていた人間の集合であった点が強調された。なお、これらの成果は博士論文のかたちでなされた。
著者
山本 成生
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究は、北フランスのカンブレー大聖堂の聖歌隊を素材として取り上げ、音楽史上「ルネサンス」期と称される15、16世紀の西欧世界における、音楽家の社会的身分のあり方とその組織構造の解明を目的とするものである。昨年度、私は特別研究員奨励費を使用して、上記の教会関連の史料が保存されているフランスのノール県立文書館ならびにカンブレー市立図書館で約一ヶ月間、調査を行った。本年度は、その際デジタル・カメラにて複製した史料の分析を行いつつ、そこで得られた成果を学術論文として発表することに専念した。その結果、計三本の研究成果を得た(以下の記述は裏面の「11.研究発表」に基づく)。最初の論文は、「少年聖歌隊教師」というカンブレー大聖堂の音楽生活において重要な役割を担っていた職務について論じたものであり、在職した人物の活動や就任過程を検討することで、同教会の雇用戦略は15世紀末にひとつの転換を迎えることを明らかにした。二つ目は、研究史上カンブレー大聖堂との密接な関係が指摘されるローマ教皇庁の聖歌隊との人的交流を扱ったものである。そこでは、先行研究によってやや誇張されていた両者の関係に修正を加えつつ、この二つの機関を往来していた音楽家に関して類型化が行われ、前述の研究課題に対する寄与がなされている。そして最後の論文は、こうした研究を行う上での基本的な史料であるものの、それ自体としては看過されてきた聖歌隊の会計記録を財政史的側面より再検討し、聖歌隊の財務構造の変容を追ったものである。前年度ならびに以上の成果から、私はカンブレー大聖堂の聖歌隊の組織構造と当時の音楽家一般の社会的身分に関して、従来の研究ににない新しい見解を提示しつつある。むろん、他の音楽機関の比較検討など、なお課題は多い。今回の特別研究員としての研究期間は本年度をもって終了するが、今後もこの課題に取り組んでゆくつもりである。