著者
上原 信太郎 水口 暢章 山本 真史 廣瀬 智士 内藤 栄一
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101864-48101864, 2013

【はじめに、目的】2 つの運動をランダムな順序で練習する方法(ランダム練習)は、効率的に2 つの運動記憶を獲得でき、これはそれぞれの運動を決まった順序で練習する方法では難しいことが示されている(Osu et al., 2004)。これは、練習方法によって異なる様式で記憶形成がされているためであると考えられる。本研究では、ランダム練習で二種類の運動記憶を獲得した場合、各運動をまとめて練習する場合(ブロック練習)と異なり、それぞれの運動記憶が独立して蓄えられると考え、その仮説を検証した。2 つの運動記憶に重複がある場合、これらの運動を連続して行うと、前の運動の履歴が後ろの運動を実行する妨げになり、後に行う運動の遂行が阻害されることが知られている(Cothros et al., 2006)。したがって、もし、それぞれの練習方法で獲得される2 つの運動記憶の重なりが異なるならば、その違いは2 つの運動を連続して再現する時の後ろの運動のパフォーマンスに影響することが推測される。【方法】27 名の右利き健常成人が、連続する2 日間の実験に参加した。各参加者は、1 日目に左手を使用した二種類の異なる系列指タッピング運動(環指-示指-小指-中指-環指、及び、示指-環指-中指-小指-示指)を学習し、2 日目には両系列運動を再現した。各運動試行では、参加者は16 秒の間にできるだけ早く、かつ正確に、指示された指系列で連続タッピング(ボタン押し)を行った。連続する5 つの指タッピング(= 系列)を16 秒間で何回正しく繰り返せたか(正答数)を記録し、その試行の運動パフォーマンスの指標とした。参加者をランダム練習群(13 名)とブロック練習群(14 名)の2 群に分け、1 日目の運動学習時、各群にはそれぞれ異なる練習法を適用した。ランダム練習群は、全部で36 試行(6 試行× 6 セット)実施する中で、各セット内で2 つの系列運動をランダムな順序で3 試行ずつ練習した。どちらの運動を行うかは、試行開始直前にモニタ上に呈示される数字で示された。一方のブロック練習群は、前半の18 試行(6 試行× 3 セット)では一方の系列運動を、後半の18 試行(6 試行× 3 セット)ではもう一方の系列運動を練習した。両群共に、1 セット(6 試行)完了ごとに60 秒の小休憩を挟んだ。2 日目には、一方の系列運動を3 試行実施したあと、もう一方の系列運動を3 試行実施してもらった。ブロック練習群における系列運動の練習順序、及び、両群における再現時の系列運動の実施順序については、参加者間でカウンターバランスが取られた。各系列運動を再現した時の後ろの運動のパフォーマンスの様子を調査するため、2 日目の前半3試行で実行した系列を第1系列、後半3試行で実行した系列を第2系列とし、それぞれの系列運動の運動パフォーマンスを比較した。系列ごとの難易度の影響を除外するため、比較には、1 日目の運動パフォーマンス(最後の3 試行の平均)を含めた二元配置分散分析[系列(第1 系列、第2 系列)×日(1 日目、2 日目)]を、各群から得られたデータに対して適用した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は、情報通信研究機構倫理委員会の承認を受けて実施された。参加者には実験内容を十分に説明し、本人の同意を得た上で実験が行われた。【結果】ランダム練習群では、第1 系列(1 日目:11.4 ± 2.4、2 日目:12.1 ± 2.8)、第2 系列(1 日目:11.4 ± 2.7、2 日目:12.0 ± 3.0)ともに、1 日目の最後の3 試行に比べて、2 日目の3 試行では正答数の増加が見られた。一方のブロック練習群では、第1 系列(1 日目:10.9 ± 2.3、2 日目:12.0 ± 2.7)ではランダム練習群と同様に正答数の増加がみられたが、第2 系列(1 日目:11.2 ± 2.2、2 日目:11.5 ± 2.5)ではわずかな増加しか見られなかった。分散分析の結果、ランダム練習群では日の要因に有意な主効果が見られ(p < 0.05)、有意な交互作用は見られなかったのに対して、ブロック練習群では、日の要因の主効果(p < 0.05)に加え、両要因の交互作用(p < 0.05)が有意であった。【考察】本研究の結果から、ブロック練習により2 つの運動記憶を学習した場合には、運動を連続して再現する時に後に行う運動が阻害されることから、獲得された2 つの運動記憶は重複して形成されていることが示唆された。一方で、ランダム練習で運動を学習した場合には、相互干渉するような類似した運動も、両者の運動記憶の重複を減らし、それぞれを分離した形で獲得されていることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究は、学習時の練習方法に応じて獲得される運動記憶の様式が異なり、ランダム練習で獲得された運動記憶は運動干渉に対する耐性が高いことを示した。この結果は、運動療法を立案する際に、獲得した運動記憶が使用される状況に応じて、練習方法を適切に設定することの重要性を示唆している。