著者
山根 純佳
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.433-449, 2022 (Released:2023-03-31)
参考文献数
47

「女性職」であった施設介護の現場では,男性の参入と並行して男性が上位の職位に就く男性優位が再生産されている.本稿では,従来の「ケア労働=女性に適した労働」が「男性=理想的なケア労働者」というジェンダーに置き換わり男性の社会経済的優位が再生産されるメカニズムを,市場化された介護施設のマネジメントや実践における「長時間労働する身体」という「ヘゲモニックな男性性」の作用をとおして考察する. 介護保険制度下の「個別ケア」では,限られた人手で利用者の生活ニーズを支えるという家庭的ケアの再演が求められているが,そのケア実践は長時間労働する「献身的専門職」に依存している.この「献身的専門職」を前提にしたマネジメントの下では,「長時間労働する身体」というヘゲモニックな男性性を資源に男性が管理的地位を獲得する.一方夜勤専従を配置することで24時間型の献身的専門職モデルの転換を図った施設では,「長時間労働」と介護職の「有能さ」は結びつかず,長時間働かない女性の能力も評価されキャリアアップも保障されている.このようにジェンダーを再生産しないローカルな実践が多くの職場に広がれば社会全体の男性優位は変更されうる.しかし,福祉の市場化は,女性のケアの専門性や能力を活用しつつも,男性よりも低い地位や賃金にとどめる性別分離を促進しており,女性のケア労働の評価というフェミニズムの目標を後退させたといえる.