著者
岩本 陽児
出版者
東京都立大学小笠原研究委員会
雑誌
小笠原研究年報 (ISSN:03879844)
巻号頁・発行日
no.43, pp.1-49, 2020-06-30

小笠原諸島の洋名Boninの由来をたずね、外国人への日本語の聞こえがこの語を生んだとの、いわゆる転訛説を批判的に検討しながら、江戸時代後期における小笠原諸島をめぐっての、日欧の知的な交流のなかでこの名称が誕生した歴史的な過程を検証した。1786年刊の林子平の発禁本『三国通覧図説』をオランダ商館長ティツィングがヨーロッパに招来し、これがフランスの中国学者レミュザにより1817年の論文として紹介された際、「無人」の漢字にBo-ninの綴りが与えられ、添付された仏語訳地図でBO-NINが使用された。ロンドンで1820年に刊行された太平洋海図がレミュザ説からハイフンのないBoninの綴りを採用したことで、現在見るBonin諸島の名称が広く普及した。