著者
平井 知香子
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.87, pp.113-133, 2008-03

あまり知られていないことであるが、サンドは子供の頃からデッサンや水彩画に親しみ、生涯に数多くの作品を残している。特に晩年の風景画「ダンドリット」は独特で、後のシュルレアリスムの画家たちが主張した「偶然」や「無意識」を連想させる。 夢想癖のあったサンドは子どもの頃、母が読む物語を聞くうちに緑色の火よけ衝立の上に様々な映像を見た。このことが後の芸術創造に影響した。また少女時代の作品に、「ロールシャッハテスト」そっくりの「折り紙による染み」がある。左右対称の「偶然」に生まれる図形に対する興味が、晩年の「ダンドリット」における「水に映った風景」へと発展した。 サンドは同時代の画家ドラクロワやコローなどとの交流を通じ近代絵画に対する興味を広げた。また孫娘への遺書として、愛する故郷ベリーの自然、19世紀の科学思想、進歩思想を背景にした童話集『祖母の物語』を書いた。彼女にとって絵画は物語と同様に、空想と現実を行き来する「夢のエクリチュール」であった。図を引用してサンドの絵画の先見性を明らかにした。
著者
平井 知香子
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.95, pp.165-184, 2012-03

イタリアを舞台としたサンドの『スピリディオン』には、ヴェネツィア出身の版画家ピラネージの《幻想の牢カルチェリ獄》を思わせる一場面がある。修道士アレクシは教会の創始者スピリディオンの秘密を知るため、深夜教会の地下埋葬所に階段を降りていく。ゴチック式教会の内陣に彼が見たものは、司祭たちによる殺人であった。この階段のイメージは、ミュッセが翻訳した、ド・クインシーの『阿片吸飲者の告白』中にあるピラネージの《幻想の牢カルチェリ獄》に関する記述と共通している。またミュッセは螺旋階段を下降するピラネージ的幻想を自身の『世紀児の告白』の中に何度も使用している。子供のころ、祖母の書斎でピラネージの版画集を見て以来イタリアに憧れるようになったサンドは、『世紀児の告白』を読んで影響され、『スピリディオン』の階段を下降する場面を描いたのではないか。以上のことを明らかにしてみたい。
著者
平井 知香子
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.97, pp.91-109, 2013-03

ジョルジュ・サンドはイタリアの修道院を舞台にした作品『スピリディオン』の後、再びヴェネツィアから物語が始まる『コンシュエロ』とその続編『ルードルシュタット伯爵夫人』を書いた。これらは、いずれも神秘主義的傾向があり、幻想文学の影響を強く受けた作品である。その上ヴェネツィア出身のピラネージの≪カルチェリ=幻想の牢獄≫のイメージが物語の重要な場面に用いられている。深夜、主人公は螺旋階段を下って、閉鎖的な広大な空間をさまよう。オロール版『コンシュエロ』にはピラネージの挿絵が2か所にわたって使用されている。『ルードルシュタット伯爵夫人』にも同様に梯子を下る場面がある。少女時代から魅せられていたピラネージ幻想を使って描かれた場面は、神とサタンの和解を物語り、それはサンドの「レリヤの悩み」(精神と肉体の葛藤)の解決へと導かれる。
著者
平井 知香子
出版者
関西外国語大学・関西外国語大学短期大学部
雑誌
関西外国語大学研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
no.93, pp.197-214, 2011-03

サンドは旅行好きで、イタリア、スペインなど外国のほか、オーヴェルニュ、ノルマンディなどのフランス国内を旅し、またパリと故郷のノアン(ベリー地方)は幾度となく往復している。しかしどんなに他の土地の風景がよくとも、ベリーに勝るものはなかった。「よその国の槲(かしわ)の木より、自分の村の蕁麻(イラクサ)の方がいいんだ」と『笛師のむれ』の主人公エチエンヌは語る。ジョルジュ・リュバンによればこの言葉はサンド自身を代弁している。 農民の平穏な生活と森の住民の奔放な生活との対立と融合という、作者独自のテーマを展開しつつ、少年少女の微妙な恋愛心理を描きだす『笛師のむれ』。作品の背景となったベリー地方とブルボネ地方に着目し、シャンソン・ポピュレール「三人のきこり」(ショパンとポーリーヌ・ヴィアルドが愛したという)を分析しながらサンド文学の秘密に迫ってみたい。