著者
竹林 秀晃 弘井 鈴乃 滝本 幸治 宮本 謙三 宅間 豊 井上 佳和 宮本 祥子 岡部 孝生
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100757, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】近年,身体保持感や運動主体感などの自己身体感覚の研究において,視覚と体性感覚が時間的・空間的に一致することによりラバーハンド錯覚や体外離脱体験などの現象が引き起こされることが報告されている.一方,慢性疼痛の原因は,視覚情報と体性感覚情報の不一致が疼痛の原因となることが報告されている.そして治療として,鏡,ビデオ映像やVR 技術などを使用し,視覚と体性感覚のマッチングが有効であるとの報告がある.こうしたことから,自己身体を正確に認識するためには,様々な感覚モダリティの情報を統合することが必要である.しかし,姿勢制御において視覚刺激と身体情報の一致・不一致性についての報告は少ない.視覚情報と身体感覚情報(体性感覚,前庭覚)が一致しなければ,身体の違和感が起こり姿勢制御能力の低下やパフォーマンスがうまくできなくなる可能性がある.そこで,今回リアルタイムに視覚情報を変化させることで身体感覚情報との不一致をつくり,姿勢制御への影響を探ることを目的とした.【方法】対象は,健常成人18 名(年齢21.9 ± 0.4 歳)とした.測定肢位は,Head Mounted Display; HMD(HMZ-T2,SONY社製)を装着したタンデム肢位とした.HMDとデジタルビデオカメラ(HDR-CX270V,SONY社製)を同期化させ,被験者自身の後方から撮影した映像をリアルタイムにHMDに映写した.映像としてカメラを前額面上で右回転させ,設定角度は0°・45°・90°・135°・180°の5 つをランダムに映写した.測定時間は各30 秒とし,15 秒で設定角度へと傾け,15 秒で0°へと戻した.データは,重心動揺計(アニマ社製)にて,サンプリング周波数50HzでPCに取り込み,総軌跡長,矩形面積を算出した.統計学的解析は,一元配置分散分析と多重比較検定(Bonferroni法)を用いた.また,測定後,測定時の主観的感覚を聴取した.【倫理的配慮,説明と同意】実験プロトコルは,非侵襲的であり,施設内倫理委員会の承認を得た.なお,対象者には,研究の趣旨を説明し,同意を得た.【結果】総軌跡長は,映像の回転角度180°において,回転角度0°より有意に高値を示した (p<0.01) .矩形面積は,回転角度135°と180°において回転角度0°より有意に高値を示した (p<0.01) .被験者からの主観的感覚の回答としては,「映像に抵抗しようと傾きと反対方向に傾いてしまう」などの映写された自己身体像に対して没入感があったことが窺える回答が得られた.【考察】立位姿勢保持では,視覚・体性感覚・前庭覚の情報が統合されて成り立つが,視覚情報による影響が大きい.しかし通常,自身の姿勢を視覚的に取得することは困難であり,本研究のように自己身体の後方からの映像は非日常的である.さらに,リアルタイムに映写する身体像を回転させることで,視覚情報に外乱刺激を与え,身体感覚情報との不一致の状況のみならず,遠心性コピーとの不一致も与えることになる.結果として回転角度が大きい場合において有意に重心動揺が大きくなった.これは,視覚情報と身体感覚情報の不一致の度合いが大きく,身体図式との整合性が合わず姿勢制御に影響を及ぼしたことを示唆している.これは,Mental Rotation課題において実際動かすことが難しい120°,240°に回転させた手の写真に対する反応時間が延長する報告やBiological Motionにおいて180°回転させた時には、運動の認知が低下する報告と同様なものと考えられる.日常見る機会の少ない角度の視覚情報であるため,視覚映像としての経験的要素が少なく身体図式が形成されていないためと考えられる.また,各回転角度が増大するにつれて回転角速度が速くなることが姿勢制御に影響を与えたことも考えられる.一方,回転角度が少ない場合は,日常経験可能な角度であることから身体図式の形成がされており,映写された身体像との不一致があっても,感覚の重みづけの変化がおこり,視覚情報よりも他の身体感覚情報がより賦活されている可能性や予測的側面により重心動揺を制御できる可能性を示唆している.【理学療法学研究としての意義】姿勢制御において,視覚操作や視覚と身体感覚の一致性に着目する必要がある.視覚情報と身体感覚情報との不一致の状況では,感覚の重みづけの変化により体性感覚など自己身体へのアプローチを閉眼という環境以外で与えることが出来ると考えられ,新たな姿勢制御戦略や視覚や身体感覚情報の統合障害がある場合での評価やトレーニングにつながる可能性があると考えている.