著者
成田 凌
出版者
首都大学東京・都立大学社会学研究会
雑誌
社会学論考
巻号頁・発行日
no.38, pp.1-27, 2017-11

本稿の目的は,貨幣経済の地域社会への浸透が子どもたちの活動に与えた影響について,青森県旧上北町で1960年代頃まで行われていたという,農家の子どもたちの「物々交換」の過程,および「物々交換からおこづかい制への移行を事例に検討することである.聞き取り調査の結果,次の点が明らかになった.「物々交換」と「換金」は1930年代後半から1960年代半ば過ぎまでおこなわれており,「現金購入」みられるのは1950年代後半以降だった.また農家の子どもたちは自分の家からコメやタマゴを「盗み」,子どもでも買取してくれる集落内の商店や精米所に持ち込んで「物々交換」や換金をおこなっていた.このような本稿の事例から,次の点が示唆される.貨幣経済が地域社会および「子ども(社会)」まで浸透したことで,子どもたちもより大きな社会経済システムに組み込まれていった.その結果,これまで「自由」に入手できたお菓子が,親からお金をもらわなくては買えなくなってしまった.つまり,おこづかい制への移行とは,実は家や地域社会の中で認められていた農家の子どもたちが「自由」を失っていく過程だったのではないだろうか.This paper aims to examine the impact of the influence of the spread of the monetary economy on farm children in a local community. The specific case of the practice of bartering and the transition to giving children pocket money in 1960s in Kamikita town, Aomori prefecture, will be presented. From the late 1930s to the mid-1960s, it was a common practice for farmers' children to steal produce such as eggs and rice from their family's farm to barter them for cheap confectionary, and, from the late 1950s, to sell such goods for pocket money. The children took the stolen produce to local shops to sell or barter, and sometimes to the community rice-cleaning mill. A series of changes in the practice of bartering meant that these children truly lost a measure of their freedom. Before the spread of the monetary economy to small communities, farmers' children were able to buy or barter an egg or some rice for cheap confectionary or cash before the change, but afterwards they could not; after the mid-1960s they had to get money their parents.
著者
成田 凌 羽渕 一代
出版者
弘前大学人文社会科学部地域未来創生センター
雑誌
地域未来創生センタージャーナル (ISSN:24341517)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.49-60, 2021-02

本稿の目的は、「地方」に暮らす若者たちの定住意向とその要因について検討することである。地域社会の「3層構造モデル」を参考に、とりわけ居住歴と現住地での定住希望との関連、および「地方」でもより条件不利な地域と都市的な地域における差異に着目した。 分析の結果は次のとおりである。居住歴については、条件不利地域圏と地方中枢都市圏ともに、他出経験なしの「土着(定住)層」が約25%であった。U ターンの「還流層」は条件不利地域圏が、Iターンの「転入層」は地方都市中枢拠点都市圏の方が多かった。また、これら居住歴と基本属性との関連を確認すると、条件不利地域圏では①高学歴で高収入の転入層と②低学歴で不安定な就業状態の土着(定住)層に分かれていること、地方中枢拠点都市圏では既婚、低学歴、正規と家事・無業で転入層が多いことがわかった。 現住地域での定住を希望する割合については、条件不利地域圏(51.6%)よりも地方中枢拠点都市圏(70.5%)の方が高かった。両地域とも共通して男性であること、地域満足度が高いこと、現住地域で友人が多いこと、居住地域の志向と現住地域の都市規模が合致することが、現住地域における定住意向と関連することが明らかになった。
著者
成田 凌
出版者
首都大学東京・都立大学社会学研究会
雑誌
社会学論考
巻号頁・発行日
no.39, pp.1-27, 2018-11-30

近年,「田園回帰」と呼ばれる都市住民の農山漁村への関心の高まりが指摘されている.過疎地域を含む条件不利地域では,当該地域の持続・存続という観点からもこの動向が今後も継続し,将来的に移住や定住へとつながっていくのかに注目が集まっている.そこで本稿では,「田園回帰」における移住・定住を議論するための予備的考察として,「田園回帰」以前の移住者の定着過程について分析をおこなう.首都圏内の過疎山村である檜原村において,自身も移住者でありながら,最近の移住・交流希望者を呼び込んでいるキーパーソンの一人である,女性地域リーダーのY氏を事例とする.係累のない移住者であったY氏が檜原村やA集落に定着できた背景には,次の2点があった.一つは,同じような境遇に置かれていた女性たちと一緒に,生活環境を変えていくために自主保育などの様々な活動に取り組んできたこと.もう一つは,Y氏の「地域を大事にする」ことを重視していることである.かつて地縁・血縁関係の強い「男社会」だった檜原村も,現在では移住者が比較的容易に地元住民の暮らしに馴染める土壌が醸成されているという.その契機の一つとして,彼らの一つ上の世代であるY氏らの取り組みがあったと捉えることができるだろう.そしてまた,このようなY氏の定着過程に,過疎山村集落の持続可能性の議論に求められる要素が見出せるのではないだろうか.