著者
拓 徹
出版者
日本南アジア学会
雑誌
南アジア研究 (ISSN:09155643)
巻号頁・発行日
vol.2013, no.25, pp.83-105, 2013-12-15 (Released:2014-07-28)
参考文献数
26

本稿では、1982年にジャンムー・カシミール州(インド)の南カシミールで起きた禁酒運動の詳細を明らかにすると同時に、この事件をめぐる新聞報道の分析を通じて、インドの政治言説におけるセキュラーな主体の再考を試みる。 1982年3月に南カシミールの中心都市アナントナーグで分離主義団体ピープルズ・リーグが起こした禁酒運動は、カシミール地元のウルドゥー語紙では広範な町民の支持を得た市民運動と報道された。だが、この運動が攻撃対象とした数軒の酒屋の経営者がすべてマイノリティー(ヒンドゥー教徒)だったため、この運動はインド全国英字紙ではイスラム原理主義的で反ヒンドゥー的な事件と報道された。これらのカシミール地方紙、インド全国紙はいずれも自らの言説を「セキュラー」と見做したが、ともにマジョリタリアニズムを含み持っており、歴史的なセキュラー言説がしばしば持つ偏りを露呈するものだった。
著者
拓 徹
出版者
人間文化研究機構地域研究推進事業「現代インド地域研究」
雑誌
現代インド研究 (ISSN:21859833)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.159-176, 2011-03

カシミール問題/紛争の分析にしばしば用いられる用語「カシミーリーヤット」が歴史的に初めて登場したのは1970 年代半ばのことである。一般化した現在のカシミーリーヤット概念は主にカシミール人のエスニック・アイデンティティー、もしくはカシミール独特のセキュラーな諸宗教混在文化を指すが、創成期におけるこの用語の意味・用法はこれとはやや異なるものだった。本稿では、これまで顧みられることのほとんどなかったこの用語誕生のいきさつとこれをとり巻くカシミールの政治・文化状況に光を当て、この用語が1970 年代半ばに登場した必然性は何だったのか、そしてこの用語の創成期の意味・用法がその後別のものにとって代わられたことの意味は何なのかについて考察を試みる。The term 'Kashmiriyat' is of relatively recent origin (mid-1970s) and its meaning has undergone several changes since then. Yet during the early 1990s, while the secessionist militancy in Kashmir was at its peak, a set of meanings (secular syncretism as the essence of Kashmiri tradition; ethnic sub-nationalism of Kashmiri Muslims) was given and fixed to the term in the Indian/international public discourse on Kashmir, and this created the dominant usage of the term still prevalent today. This paper traces the little-studied history of the term 'Kashmiriyat' from its birth in the mid-1970s, and contemplates the historical significance of the term's creation.