- 著者
-
星野 貴俊
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 特別研究員奨励費
- 巻号頁・発行日
- 2009
本研究の目的は不安障害における認知的動態として見られる記憶の機能低下について検討したものである。記憶のうち,これから使おうと意図して保持された情報をワーキングメモリと呼び,情報処理の根底を支え,高次認知機能を実現する記憶作用と見なされている。本研究では,不安によってワーキングメモリ機能が(平常時より)障害される様態を検討している。不安はワーキングメモリに直接影響しているというよりは,注意制御機能を介してワーキングメモリ機能を障害しているという知見を一貫して見出した。特に,特性不安(パーソナリティ)は刺激駆動的な注意の作用を強める方向に調整しており,(記憶)課題とは無関連な刺激に対して処理を促進する一方,状態不安(情動)は目的志向的な(意識的な)注意の制御を困難にしていた。さらに,これら2種類の不安には交互作用が見られ,特性不安も状態不安もともに強い場合に,葛藤解決を含む実行機能系の遂行低下が観測された。また,記憶パフォーマンスとの関連においては,特性不安,あるいは状態不安単独の効果は見られず,両者の交互作用として,注意の切り替えを要するような事態において,パフォーマンスの低下が見られた。すなわち,不安は注意の切り替え(attention switching)と呼ばれる実行機能を害することによりワーキングメモリ・パフォーマンスを低下させていることが示唆された。これらのことから,不安障害に見られる認知・記憶機能への障害の動態は,一次的に注意システムを歪曲する形で発露していると考えられた。さらに,これへの心理療法的対処としては,ABM(Attention Bias Modification;注意バイアス修正法)が提案されているが,パーソナリティ要因か情動要因かによって注意への影響は異なり,またこれらは交互作用をもつことから,現在の単純なABM法パラダイムをさらに精緻化していく必要があると考えられる。