著者
李 興根 吉本 浩
出版者
THE LEPIDOPTEROLOGICAL SOCIETY OF JAPAN
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.125-144, 1994-10-30 (Released:2017-08-10)

クマバチモドキ属の2種のスズメガ, Sataspes tagalica BoisduvalとS. infernalis (Westwood)は互いに近縁な昼飛性の蛾で,クマバチの仲間(Xylocopa spp.)に擬態する.香港には,これまで記録のなかったinfernalisを含め,両種ともに分布する.筆者は,1991年7月, tagalicaの終齢幼虫を採集したことをきっかけに, 1992年4月から1994年6月にかけて香港各地で幼生期の観察を行ったのでここに報告した.食草は両種ともPapilionaceae科のツルサイカチの一種Dalbergia benthami Prainで,香港の17箇所で卵または幼虫を確認した.これらの中で,特にTai Po Kau自然保護区とAberdeen貯水池はこの属の卵が多数見つかっており,前者はまた,香港で唯一infernalisの卵が得られたところである. Sataspes 2種の幼生期については, Mell(1922)やBell & Scott (1937)などによる記述があるが,筆者自身の観察に基づいて記載すると次の通りである.卵は球形,淡緑色で, tagalicaでは1.5×1.25×1.0mm, infernalisではやや大きく1.5×1.5×1.0mm.若く,または新鮮でやや大きな葉上に好んで産卵される.卵は約4日後に孵化する. 1齢幼虫は両種とも明るい青緑色で黒い尾角を持ち,互いによく似ている.頭部は丸く,顔面は黄緑色.主に葉裏の主脈に沿って静止する.脱皮前には, tagalicaで9mm, infernalisでは11.5mm位まで成長する. 2齢では頭部三角形で,浅く二叉した頭頂に向けて尖り,表面は微刺毛で被われる.体は青緑色で,側面には7本の斜帯を備え,黒色の尾角に連なるものはよく発達する.体長10-16mm. 3齢になると, 3-4腹節にかけて1対の赤色に縁取られた橙黄色紋が側面に現われる.これらの紋の出方には変異が見られ, tagalicaでは全幼虫期を通して無紋のもの, 2つの紋の間に背面にダイアモンド型の3番目の紋をもつもの,さらに通常の2紋型でも左右で大きさが異なるものや,左右のいずれかが消失するものがあった.また,野外で得られた1頭(ただし5齢幼虫)では,カナリアのような黄色で,側面に錆び様の赤紋と背面には全長の2/3に亙る同色の槍状紋を持っていた.この幼虫は羽化には至らなかったが,同様の幼虫からtagalicaが得られている.これら幼虫の変異は,成虫で知られるいくつかの型や性とは無関係のようである.一方infernalisでは,観察した8頭すべてが橙色紋を持つものであったが, Seitz(1928)は無紋型のことを述べているし, Holloway(1987)はBell & Scott (1937)を引用して,いくつかの幼虫が3-4腹節背面に赤褐色のダイアモンド型の紋と側面により大きな紋を持つことや,小さな紋がこの紋の前方および6節に生じることを挙げている. 3齢虫は16-26mm位.側面の斜帯は白または黄白色で明瞭になる.尾角背面は黒色,側面は黄白色で,先端淡黄色.4齢は28-40mm.橙黄色紋の中は小さな赤い点または円で満たされ,全体に橙色になる.尾角は両種とも全体淡緑色. 5齢では頭部の形が再び変わり,頭頂は丸みを帯びる.顔面には2本の縦帯が走るが,これら2本の帯の間の色合いは2種で異なり, infernalisでは淡緑色でほとんど白っぽいのに対し, tagalicaでは中庸な緑色である. 5齢虫の体長は40-65mm.頭方と尾方に向けて細まる.蛹は尾端の形状が両種で異なっており, tagalicaでは尾突起が側方に張り出すのに対し, infernalisではそのようにならず後方にすぼまっている.成虫では両種ともいくつかの型が知られているが,それらの同定は検索表にある通り.ただし, tagalicaの亜種chinensisと型protomelasは,いずれも型tagalicaと同じと考えられるという.香港での周年経過は, tagalicaでは年4世代,蛹越冬で,非越冬世代の孵化後の幼生期の長さは♂では平均48日,♀では58日であった.一方infernalisでは,4月から6月にかけての1世代しか観察されなかった.孵化後の幼生期の長さは♂で平均45.4日,♀では54日であった.成虫の行動について, Mell (1922)は,早朝水浴するだけで吸蜜しないと述べているが,筆者はtagalicaのランタナでの吸蜜を2度にわたって目撃したほか, Tennent(1992)による同じクマツヅラ科のハリマツリの一種Duranta lerensでの記録がある.産卵は,筆者自身は見ていないが,曇天の1992年6月28日の午後1時50分,恐らくtagalicaのものが観察されている.卵は1卵づつ産みつけられ,いくつか例外もあるが, Mellが述べているように,通常は1株に1卵の割合のようである.香港のクマバチモドキの保護のためには,公園や特別地域,特にTai Po Kau自然保護区のDalbergia benthamiの生け垣を法的に保護する必要がある.枝の刈り込みは,どうしても必要な場合でも選択的になされるべきであり,また成熟したbenthamiの枝はできる限り手をつけず,刈り取りも禁ずるべきである.適当な保護方策が取られることにより,他地域では大変稀で,生態的にもあまり詳しく調べられていないクマバチモドキの個体群にプラスのフィードバックがもたらされることを期待する.
著者
李 興根 吉本 浩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.125-144, 1994

クマバチモドキ属の2種のスズメガ, Sataspes tagalica BoisduvalとS. infernalis (Westwood)は互いに近縁な昼飛性の蛾で,クマバチの仲間(Xylocopa spp.)に擬態する.香港には,これまで記録のなかったinfernalisを含め,両種ともに分布する.筆者は,1991年7月, tagalicaの終齢幼虫を採集したことをきっかけに, 1992年4月から1994年6月にかけて香港各地で幼生期の観察を行ったのでここに報告した.食草は両種ともPapilionaceae科のツルサイカチの一種Dalbergia benthami Prainで,香港の17箇所で卵または幼虫を確認した.これらの中で,特にTai Po Kau自然保護区とAberdeen貯水池はこの属の卵が多数見つかっており,前者はまた,香港で唯一infernalisの卵が得られたところである. Sataspes 2種の幼生期については, Mell(1922)やBell & Scott (1937)などによる記述があるが,筆者自身の観察に基づいて記載すると次の通りである.卵は球形,淡緑色で, tagalicaでは1.5×1.25×1.0mm, infernalisではやや大きく1.5×1.5×1.0mm.若く,または新鮮でやや大きな葉上に好んで産卵される.卵は約4日後に孵化する. 1齢幼虫は両種とも明るい青緑色で黒い尾角を持ち,互いによく似ている.頭部は丸く,顔面は黄緑色.主に葉裏の主脈に沿って静止する.脱皮前には, tagalicaで9mm, infernalisでは11.5mm位まで成長する. 2齢では頭部三角形で,浅く二叉した頭頂に向けて尖り,表面は微刺毛で被われる.体は青緑色で,側面には7本の斜帯を備え,黒色の尾角に連なるものはよく発達する.体長10-16mm. 3齢になると, 3-4腹節にかけて1対の赤色に縁取られた橙黄色紋が側面に現われる.これらの紋の出方には変異が見られ, tagalicaでは全幼虫期を通して無紋のもの, 2つの紋の間に背面にダイアモンド型の3番目の紋をもつもの,さらに通常の2紋型でも左右で大きさが異なるものや,左右のいずれかが消失するものがあった.また,野外で得られた1頭(ただし5齢幼虫)では,カナリアのような黄色で,側面に錆び様の赤紋と背面には全長の2/3に亙る同色の槍状紋を持っていた.この幼虫は羽化には至らなかったが,同様の幼虫からtagalicaが得られている.これら幼虫の変異は,成虫で知られるいくつかの型や性とは無関係のようである.一方infernalisでは,観察した8頭すべてが橙色紋を持つものであったが, Seitz(1928)は無紋型のことを述べているし, Holloway(1987)はBell & Scott (1937)を引用して,いくつかの幼虫が3-4腹節背面に赤褐色のダイアモンド型の紋と側面により大きな紋を持つことや,小さな紋がこの紋の前方および6節に生じることを挙げている. 3齢虫は16-26mm位.側面の斜帯は白または黄白色で明瞭になる.尾角背面は黒色,側面は黄白色で,先端淡黄色.4齢は28-40mm.橙黄色紋の中は小さな赤い点または円で満たされ,全体に橙色になる.尾角は両種とも全体淡緑色. 5齢では頭部の形が再び変わり,頭頂は丸みを帯びる.顔面には2本の縦帯が走るが,これら2本の帯の間の色合いは2種で異なり, infernalisでは淡緑色でほとんど白っぽいのに対し, tagalicaでは中庸な緑色である. 5齢虫の体長は40-65mm.頭方と尾方に向けて細まる.蛹は尾端の形状が両種で異なっており, tagalicaでは尾突起が側方に張り出すのに対し, infernalisではそのようにならず後方にすぼまっている.成虫では両種ともいくつかの型が知られているが,それらの同定は検索表にある通り.ただし, tagalicaの亜種chinensisと型protomelasは,いずれも型tagalicaと同じと考えられるという.香港での周年経過は, tagalicaでは年4世代,蛹越冬で,非越冬世代の孵化後の幼生期の長さは♂では平均48日,♀では58日であった.一方infernalisでは,4月から6月にかけての1世代しか観察されなかった.孵化後の幼生期の長さは♂で平均45.4日,♀では54日であった.成虫の行動について, Mell (1922)は,早朝水浴するだけで吸蜜しないと述べているが,筆者はtagalicaのランタナでの吸蜜を2度にわたって目撃したほか, Tennent(1992)による同じクマツヅラ科のハリマツリの一種Duranta lerensでの記録がある.産卵は,筆者自身は見ていないが,曇天の1992年6月28日の午後1時50分,恐らくtagalicaのものが観察されている.卵は1卵づつ産みつけられ,いくつか例外もあるが, Mellが述べているように,通常は1株に1卵の割合のようである.香港のクマバチモドキの保護のためには,公園や特別地域,特にTai Po Kau自然保護区のDalbergia benthamiの生け垣を法的に保護する必要がある.枝の刈り込みは,どうしても必要な場合でも選択的になされるべきであり,また成熟したbenthamiの枝はできる限り手をつけず,刈り取りも禁ずるべきである.適当な保護方策が取られることにより,他地域では大変稀で,生態的にもあまり詳しく調べられていないクマバチモドキの個体群にプラスのフィードバックがもたらされることを期待する.