著者
村松 哲夫
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.25-42, 2013-12-20

インフォームド・コンセントが法的にも倫理的にも有効な手続きとして機 能するためには,インフォームド・コンセントが成立するための諸過程が適 切な順番で移行しなければならない。その順番とは,以下の通りである。す なわち,患者は,医療者に対して,自分の既往症や状態について説明する。 その上で,医療者は,患者から提供されたこの情報を元に医学的に妥当であ り,かつ,必要な治療・検査の性質やリスクについて十分に説明する。患者 は,医療者から提供されたこの情報を元に,自分の計画や嗜好,思想信条的 な制約を考慮しながら,当該治療・検査について承諾するかしないかを決め る。承諾する場合,その旨を書面で交換する。 このような過程を順番に移行することによって,有効な手続きとしてのイ ンフォームド・コンセントが成立する。 サルゴ判決(1957)で確認したように,医療における意思決定において, 説明は治療・検査に先立つ。この順番が入れ変われば,当該治療・検査が実 施された後に,患者に対する説明が行われることになる。これでは,患者が 当該治療・検査の実施について検討し,その諾否を決定する機会が奪われて しまう。また,当該治療・検査の承諾に関する手続きは有効ではなくなる。 有効ではない手続きによって行われた治療・検査は,合法化も正当化もでき ない。 説明に着目すると,患者側から見れば,自分の症状や既往歴などを正確に 記述しているという意味において,医療者側から見れば,当該治療・検査の 性質やリスクを正確に記述しているという意味において,正しい情報を相手 に提供する必要がある。正しくない情報を元になされた判断には,それを正 当化する根拠が乏しいからである。 その上で,副作用や重大な後遺症などといった有害事象が発生した場合, 当該治療・検査に医療過誤がなければ,その原因として考え得るのは,イン フォームド・コンセントの手続きが成立する過程に瑕疵があったということ である。すなわち,患者,もしくは,医療者がその相手に正しい情報を提供 していなかった,ということにある。 患者と医療者とのやりとりの過程が適切に移行すると,手続きとしてのイ ンフォームド・コンセントが成立する。この過程に瑕疵があれば,有効な手 続きではなく,これに基づく医療行為は合法化・正当化されない。医療過誤 がなかったのにもかかわらず,副作用や後遺症といった有害事象が発生した 場合,インフォームド・コンセントの手続きが成立した過程のどこかに瑕疵 がある。
著者
村松 哲夫
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.11-28, 2011-12-26

東日本大震災のような大規模な災害が発生した場合,復旧・復興に向けた中長期的支援と同時並行的に短期的支援,すなわち,生活必需品,医療資源を可及的速やかに被災地に送らなければならない。実際,政府は自衛隊に災害派遣命令を出して,行方不明者の捜索に当たらせると共に,現地に物資を 運ばせた。一方,民間企業も独自に物資を被災地に送った。しかし,結果として,被災民に物資が十分に届いたとは言えなかった。これで特に困るのは慢性疾患患者である。日常的に服用している薬が入手できず,服用が途絶すれば,疾患の悪化は時間の問題である。 被災地域以外では,物資が十分にあり,生産余力も十分にあるのにもかかわらず,被災地に物資が届かないのは,官民共同のロジスティクスが構築できないからである。 このようなときは,政府が率先して民間に頭を下げて協力を要請すべきである。そして,それにかかる費用は政府が責任を持って支弁し,後に国民は相応の負担を甘受すべきである。その上で,官民共同のロジスティクスを早急に構築し,被災者に大量の物資を供給すべきである。そうすれば,生活必需品,医薬品も送れる。これによって,一般被災者だけではなく,慢性疾患患者も安できる。特に後者は必要な薬を入手,服用でき,それによって,疾患の悪化をある程度抑えられる。これは,中長期的に見ると,医療費の抑制に繫がり,そこで節減できた医療費を復興財源の一部にも充てられる。 今回のような轍を踏まないために,政府,地方自治体,企業,国民は,災害への備えを怠るべきではない。