- 著者
-
村越 一哲
- 出版者
- 日本人口学会
- 雑誌
- 人口学研究 (ISSN:03868311)
- 巻号頁・発行日
- vol.49, pp.1-16, 2013-06-30 (Released:2017-09-12)
本稿は,死産統計の信頼性を明治,大正および昭和戦前期を対象として検討することを目的とした。まず大阪府の「墓地及埋葬取締細則」と「産婆規則」の内容を提示し,死産の無届を減らす方向に作用したと指摘されている1884(明治17)年の「墓地及埋葬取締規則」だけでなく,1899(明治32)年に定められた「産婆規則」が「墓地及埋葬取締細則」を改正させ,それがさらなる死産の無届減少につながったのではないかと推測した。20世紀に入っても死産統計の精度が高まる余地が残されていたという主張である。では20世紀において届出改善が進んだのはいつか,そして届出が改善された後の死産統計は信頼できるのか。つぎにこれらの問いのうち,前者つまり無届が減少した時期を,死産率と新生児死亡率の動きから検討した。母体の健康状態の影響を直接受ける死産率と新生児死亡率は,上昇する場合,低下する場合のいずれであっても同じ方向に動く傾向にあることを説明したうえで,1900年代の死産率と新生児死亡率は整合的な動きをしていないことを示した。そこからいまだ届出改善が進みつつあったのではないかと推測したのである。他方,1910年以降の両死亡率の動きは整合的であることから届出改善が進んだ結果と解釈した。さらに,先に示した問いのうち,届出が改善された後の死産統計は信頼できるのかという問いについて検討した。無届が減少した後にも新生児死亡(出生後の子どもの死亡)を死産として届け出るという「届出違い」が残存していたことから,「届出違い」数を推計し,そのことをとおして1910年以降における死産統計の精度を明らかにしようと試みた。昭和戦前期を基準としたとき,登録死産数に占める推計された「届出違い」数の割合は,1910年代では最大20%,また1920年代前半では最大10%であった。明治末年から大正期においては,いまだ無視できないほどの届出違いが残存していたのである。いいかえれば,登録死産数の最大10%から20%を除けば現実に近い死産率を求められるという程度の精度であったということである。