著者
小西 祥子 佐方 奏夜子 大庭 真梨 オーコナー キャサリン A
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.1-18, 2018 (Released:2018-10-15)
参考文献数
30

現代の集団を対象とした先行研究において,受胎確率(受胎する月毎の確率)は20歳代から30歳代前半までの女性で最も高く,年齢を重ねるごとに低下することが報告されている。他の先進諸国と同様に日本においても,結婚年齢および出産年齢の上昇が受胎確率の低下をもたらすことによる不妊の増加が懸念されているものの,関連する学術的な報告は少ない。また受胎確率に影響する年齢以外の要因も日本の低出生力に寄与している可能性もある。本研究は日本における受胎確率の年齢パタンを明らかにすることを目的として,受胎待ち時間を用いて年齢別の受胎確率を推定した。日本全国に居住する20-44歳の女性6,752人を対象として,第1子あるいは現在の妊娠に至った受胎待ち時間(time to pregnancy, TTP; 避妊をやめてから受胎するまでの月数)および基礎的な人口学的属性に関する情報を質問票によって収集した。解析に用いたサンプルは,過去60ヶ月以内に妊娠を希望して避妊をやめた女性1,324人である。内訳は,経産婦816人(グループA),現在妊娠中の未産婦173人(グループB),現在妊娠する可能性のある未産婦335人(グループC)である。TTPの値(グループAとBは打ち切りなし,グループCは打ち切り)を用いて,コックス比例ハザード回帰モデルによってカップルの年齢別の受胎確率比(fecundability ratio, FR)および95%信頼区間(confidence interval, CI)を推定した。また避妊をやめてから3, 6, 12, 24ヶ月後の累積受胎確率も推定した。24-26歳の女性(FR: 1.00)と比較して,27歳以上の女性は有意に低いFRを示した。30-32歳女性では0.68(95%CI: 0.56, 0.82),36-38歳女性では0.41(95% CI: 0.31, 0.53)であった。男性の年齢が高いことも低いFRと関連していた。避妊をやめてから12ヶ月後の累積妊娠確率は24-26歳の女性で最も高く80%(95%CI: 75%, 84%)であり,年齢が上がるとともに低下し,30-32歳では66%(95%CI: 61%, 71%),36-38歳では48%(95%CI: 39%, 55%)であった。第1子の妊娠を希望して避妊をやめた経験をもつ本研究の対象集団において,受胎確率は24-26歳で最も高く,より年齢の高い女性で受胎確率が低かった。男性の年齢が高いことも低い受胎確率と関連していた。受胎確率に対する年齢の影響は,未産婦と比較して経産婦で弱く,また未産婦は経産婦と比較して年齢がより高く不妊治療の経験者が多い傾向があった。よって年齢の影響以外にも、まだ明らかになっていない要因が日本の低出生力に寄与していると推測される。
著者
茂木 暁
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
no.50, pp.55-74, 2014-06-30

本稿は,日本女性の結婚への移行について,夫婦がどのようにして出会ったかという「出会い方」の違いに注目しながら分析する。従来の研究では,移行元として未婚という状態から,移行先として既婚という状態への単一の移行を分析対象とする移行像(単一移行)を想定し,移行が起こりやすい年齢と,移行の発生に影響する要因(規定要因)について分析してきた。これに対して本稿では,夫婦の出会い方(以下,「出会い方」)の違いに対応して,移行が起こりやすい年齢と規定要因とが異なる可能性について検証する。具体的には,「仕事・職場」,「友人紹介」,「学校」,「インターネット・携帯」,そして「その他」という5種類の「出会い方」を想定した上で,「出会い方」別の結婚を,競合リスク事象として取り扱い,それぞれの結婚への移行ハザード率を,年齢と,初職属性や学歴などの規定要因によって説明するモデルの推定を行う。『働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査』を利用した分析の結果,上記の可能性を支持する実証結果を得た。第一に,年齢の違いについて,「学校」は,移行が起こりやすい年齢区間が他の「出会い方」と比べて狭くなること,「インターネット・携帯」は,移行が起こりやすい年齢が他の「出会い方」と比べて高くなるという知見を得た。第二に,規定要因の違いについては,初職属性である雇用形態・企業規模・労働時間の3つが「仕事・職場」という「出会い方」での結婚への移行に対してのみ影響するという結果を得た。また,学歴の高さについては,「仕事・職場」や「友人紹介」での結婚を抑制するという結果を得たが,「学校」という「出会い方」についてのみ結婚を促進することが明らかになった。
著者
坂爪 聡子
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.9-21, 2007-11-30 (Released:2017-09-12)
被引用文献数
1

本稿の目的は,男性の育児参加と子ども数の関係を理論的に説明することにある。従来の研究では,育児は女性だけが負担するものとされてきた。しかし,男性の育児参加も考慮すると,女性の賃金上昇により男性への育児の代替が行われ,女性の就業と男性の育児参加が促進され,同時に子どもの数が増加するケースが考えられる。本稿は,このケースが成立する条件を求めることにより,男性の育児参加促進が少子化対策として効果があるために何が必要か明らかにする。本稿のモデルは基本的にはBecker(1965)に従うが,子どもの生産に投入される育児時間について,男性と女性の時間をわける。そして,女性の賃金が,女性の労働時間と男性の育児時間と子どもの需要に与える影響について分析する。分析の結果,女性の賃金上昇の影響は,男女賃金格差に大きく依存していることがいえる。男女賃金格差の大きいときは,3変数が増加する可能性はほとんどない。女性の賃金が男性とほぼ対等であるとき,同時に男女の育児時間の代替可能性が高い場合,3変数がすべて増加する可能性が高い。
著者
坂井 博通
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.29-38, 1995

近年「丙午」研究の範囲が広がり, 1906年と1966年以外の「丙午」にも明かりが投げかけられると同時に1966年の「丙午」に関しては,ミクロデータを用いて出生間隔の研究もなされ始めた。しかし,今までの「丙午」研究は,次の3つの視点(1)「丙午」の影響が及んだ範囲, (2)「丙午」生まれの子ども側から見た特徴, (3)「丙午」が与えた社会人口学的影響,が欠けていると考えられるために, 1966年の「丙午」を例に検討を行った。「丙午」の影響が及んだ範囲に関しては,主に人口動態統計を用いて,「丙午」を含む前後20年の出生数,出生性比の動向を観察した結果, (1-1)在日韓国・朝鮮人や在日中国人, (1-2)外国在住の日本人, (1-3)非嫡出子に関しても「丙午」の影響が見られたことを確認し,「丙午」迷信の内容が,マスコミだけでなくパーソナルな伝播により普及した可能性が大きいことを示唆した。また,「丙午」の影響測定には,出生数と出生性比の両方を検討する必要を述べた。「丙午」生まれの子ども側から見た特徴に関しては,主に厚生省人口問題研究所が1985年に行った「昭和60年度 家族ライフコースと世帯構造変化に関する人口学的調査」(サンプル数7,708)の全国調査の分析により,他の年次生まれの子どもと比較して,「丙午」生まれの子どもは, (2-1)父方のおじ,おばは多くないが,母方のおじ,おばが多く,その母親の出産意欲に母親自身の兄弟姉妹数が正の影響を及ぼした可能性のあること, (2-2)特に第2子の場合,男女とも兄弟姉妹数が多いこと, (2-3)父がホワイトカラーの割合が大きく,迷信から自由な出産が多かった可能性があること, (2-4)「丙午」前後生まれの者も含めて「丙午」の迷信をよく知り,さらに,自分も「丙午であっても出産した」と答える割合が大きい,という知見を得た。「丙午」と関連する社会人口学的影響に関しては,人口動態統計と人口移動統計により,「丙午」の年において, (3-1)例年より低い3月の出生性比と例年より高い4月の出生性比, (3-2)低い移動性比, (3-3)女子の自殺の増加,自殺率の上昇, (3-4)母子世帯の増加と翌年の減少,「丙午」と翌年の性病罹患数の増加,を見出した。その原因に関しては,それぞれ,「丙午」と関連させて,「丙午」年度生まれの女子を忌避する届出操作,出産を控えた女子の人口移動の活発化,女性の価値の低下,家庭内禁欲に伴う家庭外性行動の活発化の観点から論じた。
著者
寺村 絵里子
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
no.48, pp.6-22, 2012-06-30

本研究は,政府統計のリサンプリング・データを用いて,日本の女性労働者の最大多数の職種である女性事務職の賃金と就業行動の3時点(1992年,1997年,2002年)の変化を検証したものである。分析の結果,女性事務職はかつての米国同様に結婚(又は出産)退職まで働く若年層の仕事から中高年層の仕事へと広がりをみせていた。さらに賃金関数を推計すると,女性事務職については1997年時点から徐々に賃金は低下傾向にあった。また,事務職の中でも,中高年まで賃金を維持し続けることができるのは会計事務の仕事であり,正社員として会計事務で働くことはさらに正の効果をもたらしていた。事務職として勤めていた者の再就職についてみると,高学歴層である大卒・院卒者は三時点を通じてむしろ離職確率を高めていた。1992-2002年の間に限定すると,高い人的資本を持つ者が就業継続する(できる)ようになったとはいえない。高学歴化する女性事務職の活用について,さらなる検討が使用者である企業側にも求められる。
著者
府川 哲夫 清水 時彦
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.37-49, 1990-05-30 (Released:2017-09-12)

都道府県別生命表の作成は,かなり以前から行われており,厚生省統計情報部でも昭和40年から5年ごとに作成している。これに対し,市区町村別生命表は,死亡数の少ない小地域で観察される死亡率の不安定性という困難な問題のため,あまり研究が進んでいない。しかし,このような小地域における死亡率の推定には,ベイズ統計学が強力な手法となることが明らかにされてきている。「地域別生命表に関する研究班」(主任研究者:鈴木雪夫 多摩大学教授・東京大学名誉教授)では,小地域生命表の作成にベイズ統計学の手法を適用して1989年3月に「1985年市区町村別生命表」を発表した。本論文では,上記研究班での研究をもとに,ベイズ統計学の手法を生命表作成に適用する際の方法論を,伝統的統計学の手法との比較を含めて検討し,ベイズ統計学を用いた効果を論じ,結果として得られた市区町村別平均寿命を用いて死亡水準に関する若干の地域分析を行った。市区町村別生命表における性・年齢階級別中央死亡率の推定は,当該市区町村を含むより広い地域の死亡率の情報を利用するという形でベイズ統計学の手法を適用している。この方法は,ある市区町村の死亡率の推定において,その市区町村を含むより広い地域の死亡率を当該市区町村における観測結果により補整するという点できわめて自然なものであるといえる。このため,性・年齢階級別の推定死亡率は安定し,その結果,ほとんど全ての市区町村で平均寿命に対する標準誤差が0.5年以内に収まることがわかった。北海道の全市区町村を例に,ベイズ統計学の手法を適用した場合と適用しない場合の,女の平均寿命に対する標準誤差を比較してみると,全ての市区町村でベイズ統計学の手法を適用した場合の方が精度がよく,特に人口規模の小さい市町村においてその効果が顕著であることがいえる。市区町村別生命表の結果を用いて地域の死亡率の特徴を考察すると, (1)長野,岐阜,静岡の3県は男の平均寿命が高い市町村が多いが,男の90歳以上の死亡率は全国平均値より高い, (2)有明海沿岸の市町村は男女とも比較的平均寿命が高いが,特に女の80歳以上の死亡率はきわだって低い,等のことがわかった。このように,市区町村別生命表の結果を用いて,従来観察できなかった小地域の死亡水準に関する分析が可能となった。
著者
坂爪 聡子 川口 章
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.1-15, 2007

育児休業制度が出産確率を上昇させるか否かを理論と実証の両面から分析する。育児休業制度を明示的に取り入れたモデルを用いて,育児休業制度が出産確率に与える影響を分析し,プロビット・モデルを用いてそれを検証する。モデル分析から得られる推論と実証分析の結果は,以下の2点において整合的である。第1に,育児休業制度の導入は出産確率を上昇させる。ただし,第2に,通常の労働時間が非常に長い場合は,その効果は小さい。なぜなら,労働時間が長い場合,育児休業制度があっても,女性は出産退職や出産しないことを選択する可能性が高いからである。このことから,育児休業制度の取得率と出生率を上昇させるためには,制度の導入と同時に通常の労働時間を短縮するか,少なくとも育児休業後の労働時間を短縮することが必要であるといえる。
著者
府川 哲夫 清水 時彦
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
no.13, pp.37-49, 1990-05-30

都道府県別生命表の作成は,かなり以前から行われており,厚生省統計情報部でも昭和40年から5年ごとに作成している。これに対し,市区町村別生命表は,死亡数の少ない小地域で観察される死亡率の不安定性という困難な問題のため,あまり研究が進んでいない。しかし,このような小地域における死亡率の推定には,ベイズ統計学が強力な手法となることが明らかにされてきている。「地域別生命表に関する研究班」(主任研究者:鈴木雪夫 多摩大学教授・東京大学名誉教授)では,小地域生命表の作成にベイズ統計学の手法を適用して1989年3月に「1985年市区町村別生命表」を発表した。本論文では,上記研究班での研究をもとに,ベイズ統計学の手法を生命表作成に適用する際の方法論を,伝統的統計学の手法との比較を含めて検討し,ベイズ統計学を用いた効果を論じ,結果として得られた市区町村別平均寿命を用いて死亡水準に関する若干の地域分析を行った。市区町村別生命表における性・年齢階級別中央死亡率の推定は,当該市区町村を含むより広い地域の死亡率の情報を利用するという形でベイズ統計学の手法を適用している。この方法は,ある市区町村の死亡率の推定において,その市区町村を含むより広い地域の死亡率を当該市区町村における観測結果により補整するという点できわめて自然なものであるといえる。このため,性・年齢階級別の推定死亡率は安定し,その結果,ほとんど全ての市区町村で平均寿命に対する標準誤差が0.5年以内に収まることがわかった。北海道の全市区町村を例に,ベイズ統計学の手法を適用した場合と適用しない場合の,女の平均寿命に対する標準誤差を比較してみると,全ての市区町村でベイズ統計学の手法を適用した場合の方が精度がよく,特に人口規模の小さい市町村においてその効果が顕著であることがいえる。市区町村別生命表の結果を用いて地域の死亡率の特徴を考察すると, (1)長野,岐阜,静岡の3県は男の平均寿命が高い市町村が多いが,男の90歳以上の死亡率は全国平均値より高い, (2)有明海沿岸の市町村は男女とも比較的平均寿命が高いが,特に女の80歳以上の死亡率はきわだって低い,等のことがわかった。このように,市区町村別生命表の結果を用いて,従来観察できなかった小地域の死亡水準に関する分析が可能となった。
著者
若林 敬子
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
no.9, pp.59-69, 1986-05-30

中国の人口政策,第1の人口の量をめぐる政策は,晩婚,晩産,少生,稀(出産間隔をあけること)である。今世紀末人口を12億にとどめる目標を目指して,いわゆる"1人っ子政策"が進められ,計画外第2子の出産,多子(第3子以上)率の根絶が当面の課題となっている。1984年春以降,第2子出産の条件が"緩和・拡大"され,1985年9月の第7次5カ年計画および「2000年の中国と就業」研究小組では,2000年の人口を12.5億人前後という"修正"がなされている。第2は,優生をめぐる問題であり,いとこ同士の結婚・ハンセン氏病患者の結婚を禁止している(80年婚姻法)。第3は,農業余剰労働力が今世紀末までは2.5億人以上にもおよぶとされ,"離農不離郷"(離農はしたが離村せず)の新しいタイプの労働者を誕生させつつある。第4は,人口高齢化と年金改革等の問題である。年金・賃金・福祉をトータルに把握し,全国的なあるべき社会保障制度の検討が初められだした。以上のように,本小稿は,中国の最近の人口政策を量,質,移動・分布,高齢化の視点から検討し,かつ各省市の計画出産条例の内容を紹介する。
著者
西本 真弓 七條 達弘
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
no.40, pp.37-49, 2007-05

我が国では,近年,未婚化や晩婚化,非婚化の進行が大きな社会問題となってきている。しかし,「一生結婚するつもりはない」と考えている未婚者はそれほど増加していないことから,未婚者の結婚意欲の変化が未婚化,晩婚化,非婚化の主たる要因とはいえない。そこで本稿では特に男性に注目し,結婚確率に影響を与える要因を明らかにすることを分析目的とする。推定には,総務省統計局が1986年,1991年,1996年に実施した『社会生活基本調査』の個票データを用いている。被説明変数に,既婚を1,未婚を0とする結婚ダミーを用い,プロビット分析を行った。推定結果から,非就業男性は,大企業の事務職と比較して結婚確率が50%以上減少することが明らかとなった。我が国の未婚男性における完全失業者やニートは増加傾向にあることから,結婚確率を上昇させるためには,失業者やニートを減少させるような対策が必要といえる。また,会社団体役員,管理職,そして商店主,工場主,サービス・その他の事業主,保安職は結婚確率が高いという結果が得られた。こうした収入が高く,安定している職業では結婚確率が高くなることが示されたといえる。
著者
友部 謙一
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
no.14, pp.p35-47, 1991-05
被引用文献数
4

本稿は近世日本農村における全国および地域別の婚姻出生力を「自然出生力分析」を通じて再考察したものである。自然出生力はフランスの人口学者ルイ・アンリにより考案された概念であるが,ヨーロッパの出生力低下を考察するなかで,多くの研究者がその重要性に言及するようになった。なかでもコール&トラッセルモデルは自然出生力水準(M)と出生制限指標(m)を推計する計量モデルであり,修正と開発を繰り返すなかで出生力分析に不可欠な実証的手段となった。本稿はこのモデルを中心に近世日本農村におけるM値とm値を推計している。分析を通じて明らかになったことは,第一に出生制限指標(m)から判断するかぎり,近世日本農村では出生制限を実行していた可能性は低く,その意味で, 17世紀後半以降の近世日本農村は「自然出生力レジーム」にあったこと,第二に出生制限の程度にかんしては,同時に地域差および村落差も大きく,「自然出生力レジーム」とはいえ,その成果としての婚姻出生力の動向には短期的な時間軸や地域特性を考慮した解釈が必要になること,第三に近世日本農村の自然出生力水準は,西欧のなかでも低い水準で知られるイングランドと比較して20%近く低く,日本のなかでもっとも低い水準の関東・東北では,実にイングランドの70%程度でしかなかったことなどである。分析対象とした村数やその地域的分布を考慮すると,本稿の結果は中間的かつ暫定的なものと考えるべきであろう。また,それはサイズだけの問題ではなく,出生制限の有無はモデル指標値の大きさとともに,ミクロデモグラフィーを駆使した出生力分析との対話のもとに探究されるべきである。本稿では西欧の研究成果を紹介しながら,近世日本農村というコンテクストのなかでその方向性を探究している。