- 著者
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松浦 智子
- 出版者
- 早稲田大学
- 雑誌
- 特別研究員奨励費
- 巻号頁・発行日
- 2007
本研究は、多民族が流動・衝突する金元華北の軍事社会に生じた"異文化と武力世界"に関わる各現象が、北方系の英雄を題材にとる明刊通俗戦記小説の形成過程に、如何に関与していたかを考察するものである。昨年度(H19)に引き続き、宋代山西の英雄・楊家一門の活躍を描く「楊家将演義」(『北宋志伝』『楊家府演義』)を研究対象の中軸とした本年度(H20)は、主に2008年3月に楊家将の故地である山西省で行ったフィールド調査で得た情報の分析を進めた。具体的には、元の中期頃に楊家将の末裔を称する楊懐玉なる人物によって建てられた楊忠武祠に伝存する、元の天暦二年と泰定元年に繋年される二つ碑文を検証した。結果、この二つの碑文に記される山西楊氏の系譜が、『宋史』を始めとする史書系統に書かれる系譜とは大きく異なる一方で、元雑劇や小説といった通俗文芸に描かれる楊家将の系譜に近いものとなっている事を見いだした。ここから報告者は、楊家将の故事に見える世代累積型の体系が、これまで考えられていたよりも早い元の中期頃に、北方中国である程度形成されていたという新知見を得るに至った。この検証結果は、これまで文学研究分野で殆ど等閑視されてきた金、元北方の地域社会が、小説を始めとする俗文学の形成に与えた影響力の大きさを解明する重要な糸口に繋がると考えられる。本成果は、2008年10月に京都大学で行われた日本中学学会で「「楊家将」物語の形成過程について-山西省楊家祠堂の元碑、家譜を手がかりに-」として口頭発表し、更にこの発表を元に手直しを加えた原稿に沿って、2008年11月に中国武漢大学で開かれた「明代文学与科挙文化国際学術研討会」で「"楊家将"故事形成史資料考-以山西楊忠武祠的文物史料爲線索」として発表した。後者で発表した原稿は、2009年夏に出版される論文集に掲載予定である。