著者
林 博貴 八木 太
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.12, pp.796-804, 2022-12-05 (Released:2022-12-05)
参考文献数
27

我々は通常,空間3次元と時間1次元からなる4次元時空に住んでいると考えている.しかし,素粒子をより根源的な理論から統一的に扱おうとする試みの中で,我々の住む世界が実は極小サイズの余剰次元を含む5次元以上の時空である可能性が指摘されている.実際,素粒子理論を記述する枠組みである場の理論は,高次元時空についても古くから盛んに研究されている.ところが,高次元の場の理論は,典型的には高エネルギーにおいて相互作用が強くなるために量子補正の理解が困難であり,未だにわからないことも多い.例えば,あるラグランジアンによって指定された高次元場の理論が,すべてのエネルギースケールで予言能力を持つような問題のない理論かどうか自体がすでに非自明である.超対称性を持つ場の理論においては,摂動計算による量子補正の形が厳しく制限されるため,この問題に関してある程度信頼できる議論が可能になる.1996年頃のSeibergらによる研究では,有効結合定数の計算に基づき,各々の5次元超対称ゲージ理論について,前述の意味での問題のない理論であるかどうかの分類が行われた.高次元場の理論の研究においては,超弦理論を用いたアプローチもまた,長年にわたり重要な役割を果たしてきた.例えば,Dブレーンを用いて,超対称ゲージ理論を構成する手法がある.特に,5ブレーンウェブと呼ばれるものを用いることにより,多くの5次元超対称ゲージ理論が構成され,その分類や性質が議論されてきた.場の理論的手法と超弦理論的手法は超対称ゲージ理論の研究において相補的な役割を果たすため,ともに必要不可欠な存在である.ところが,両者には5次元超対称ゲージ理論の分類に関して一部食い違いがあり,それは長い間謎のままであった.近年,場の理論的手法と超弦理論的手法の双方のさらなる発展に伴い,この謎を解決する形で分類の理解が進んでいる.まず,場の理論的手法においては,クーロン的真空を正しく同定する方法が提唱され,その結果,問題のない理論が新たに存在する可能性があることが指摘された.また,超弦理論的手法では,5ブレーンウェブに関する理解の発展などに伴い,様々な5次元超対称ゲージ理論が,実際に超弦理論を用いて新たに実現できるようになってきた.その結果,当時の食い違いが解消されるとともに,初期の分類では問題があるとされていた多くの5次元超対称ゲージ理論が実は問題のない理論であることが明らかになってきた.また,それと深く関連する形で,6次元場の理論の分類の研究も進んでいる.5次元超対称ゲージ理論の研究においては,その分類だけでなく,様々な量子的性質が研究されている.例えば,5ブレーンウェブを用いた構成を応用することにより,超対称性の一部を保つ状態の数え上げや,空間の一方向が周期的になっている場合の有効結合定数の計算,ゲージ結合定数が発散するときのヒッグス的真空の解析などが行われている.その結果,摂動論では捉えきれなかった効果が定量的な形で明らかにされつつある.高次元場の理論は,古くからの研究テーマでありながら今なお新しい進展が続いており,今後のさらなる発展が期待される.
著者
林 博貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、超弦理論の真空を用いて現象論における問題を解明することである。その中でも特に、F理論のコンパクト化は四次元の超対称性大統一理論に出現する物質場と湯川結合を全て生成することができるため、現象論を議論する超弦理論の真空として非常に魅力的である。本年度はF理論を用いた超対称性大統一理論における陽子崩壊問題について議論した。超対称性を持った大統一理論は、繰りこみ可能な陽子崩壊を引き起こす演算子の存在が一般には許されてしまう。そこで、F理論を用いて大統一理論を構築した際にも、この項をなんらかの方法で禁止する必要がある。我々の研究以前まででよく用いられてきた方法は、あるゲージ群を大統一理論のゲージ群へ破る際に導入する随伴表現スカラー場の期待値を特殊に調節することによって、余分なU(1)対称性を低エネルギー理論に残すというものである。このU(1)対称性によって次元四の陽子崩壊演算子は禁止されると思われてきた。しかし、内部空間の構造をよく調べるとこの期待値が発散し、ゲージ理論の近似が悪くなる場所があり、そこを考えてもU(1)対称性が残るかは自明ではない。そこで、我々は期待値が発散する場所も含めたF理論の内部空間全体を詳細に解析することで、生成されると思われてきたU(1)対称性が実際には破れていることを示した。さらにその元で、次元四の陽子崩壊演算子が生成されることをも明らかにした。我々の研究によって初めて、ゲージ理論の枠内を越えた寄与が物理的帰結を与えることが示され、F理論の内部空間全体の構造も重要であることが認識された。