著者
柚木 かおり
出版者
社団法人 東洋音楽学会
雑誌
東洋音楽研究 (ISSN:00393851)
巻号頁・発行日
vol.2006, no.71, pp.65-83, 2006

バラライカは三角形の胴に三本の弦をはった有棹撥弦楽器で、ロシアの民族楽器として広く知られている。この楽器には、音楽事典などに見られるような、板を張り合わせて作った粗末な自作楽器あるいは職人が製作した楽器であるというイメージが先行しがちだが、数量から言えば、工場で大量生産されたものが圧倒的に多い。本稿は、民族楽器の大量生産が文化政策の一環として行われた経緯と理念を一九二〇~三〇年代の五ヵ年計画との関連において分析し、楽器大量生産の後世への影響を考察するものである。<br>ソ連は、「資本主義諸国に追いつき、追い越せ」をスローガンに様々な政策を打ち出した。五ヵ年計画はもともと工業部門の発展を目的とした国家規模の計画であるが、そのうち第二次五ヵ年計画 (一九三三~三八) には特に芸術部門の組織化が含まれた。その計画書の冒頭には「安価で良質な楽器の普及が、社会の文化水準の高さを示す」と述べられており、実にその理念にしたがって民族楽器の国を挙げての大量生産が行われるようになった。<br>世界初の社会主義国ソ連では、文化は国によって計画、運営、管理されるものであり、その意味で「国営文化」だった。工場製の楽器の生産と流通によって、より多くの人々が楽器を手にすることができるようになり、その楽器とともに、政策施行者側が推奨した「文化的な」音楽文化も組織的に普及することになった。しかし楽器の普及は、他方で、「非文化的である」として当局が排除しようとした農民の伝統的な器楽曲や世俗的なレパートリーを根絶するばかりか、政策被施行者側の工夫により、逆に生き残らせるという結果をもたらした。それらは、政策施行者側の推進した工場製楽器によって現在も鳴り響いている。
著者
柚木 かおり
出版者
The Society for Research in Asiatic Music (Toyo Ongaku Gakkai, TOG)
雑誌
東洋音楽研究 (ISSN:00393851)
巻号頁・発行日
vol.2006, no.71, pp.65-83, 2006-08-31 (Released:2010-09-14)
参考文献数
34

バラライカは三角形の胴に三本の弦をはった有棹撥弦楽器で、ロシアの民族楽器として広く知られている。この楽器には、音楽事典などに見られるような、板を張り合わせて作った粗末な自作楽器あるいは職人が製作した楽器であるというイメージが先行しがちだが、数量から言えば、工場で大量生産されたものが圧倒的に多い。本稿は、民族楽器の大量生産が文化政策の一環として行われた経緯と理念を一九二〇~三〇年代の五ヵ年計画との関連において分析し、楽器大量生産の後世への影響を考察するものである。ソ連は、「資本主義諸国に追いつき、追い越せ」をスローガンに様々な政策を打ち出した。五ヵ年計画はもともと工業部門の発展を目的とした国家規模の計画であるが、そのうち第二次五ヵ年計画 (一九三三~三八) には特に芸術部門の組織化が含まれた。その計画書の冒頭には「安価で良質な楽器の普及が、社会の文化水準の高さを示す」と述べられており、実にその理念にしたがって民族楽器の国を挙げての大量生産が行われるようになった。世界初の社会主義国ソ連では、文化は国によって計画、運営、管理されるものであり、その意味で「国営文化」だった。工場製の楽器の生産と流通によって、より多くの人々が楽器を手にすることができるようになり、その楽器とともに、政策施行者側が推奨した「文化的な」音楽文化も組織的に普及することになった。しかし楽器の普及は、他方で、「非文化的である」として当局が排除しようとした農民の伝統的な器楽曲や世俗的なレパートリーを根絶するばかりか、政策被施行者側の工夫により、逆に生き残らせるという結果をもたらした。それらは、政策施行者側の推進した工場製楽器によって現在も鳴り響いている。