著者
西浦 博 楊 一馳
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
ファルマシア (ISSN:00148601)
巻号頁・発行日
vol.55, no.11, pp.1049-1053, 2019 (Released:2019-11-01)
参考文献数
6

感染症の数理モデルは,流行が集団内で起こり,それが拡大していく様を数理的に記述した模倣的な描写ツールである.様々な疾患の疫学研究の中で感染症は最も長い歴史を有するが,200年以上ある感染症数理の歴史の中で最近15年間の進歩は凄まじく,統計学的推定(特に計算統計学)の技術革新やコンピュータの計算能力の向上に伴って,数理モデルを流行データに適合(フィット)して感染性や重症度を定量化することや未来の予測を施すことが当たり前の時代に突入した.いまや,保健医療の現場において,特定の感染症の流行状況を客観的に理解したり,予防接種や治療効果の政策判断を実施したりするうえで,数理モデルは欠かせない研究手法となった.昨今のエボラ出血熱やジカ熱,新型インフルエンザ等の新興感染症流行のデータ分析においても,世界でいち早く流行状況を理解し,予測を施すために用いられている.数ある研究課題の中でも,予防接種の有効性に関する検討は数多く,また接種効果の推定や人口レベルでの接種政策判断などは,数理モデルの威力が最も発揮される活用課題として知られる.なぜなら,直接伝播する感染症の予防接種は,接種者個人が恩恵を受ける直接的な(ミクロ生物学的な)効果に留まらず,予防接種者が増えることによって集団レベルでもたらされる間接的な予防効果としての集団免疫(herd immunity)をもたらすためである.公衆衛生学的な観点で考えれば,集団免疫があるということは,人口の全てに予防接種を実施しなくても流行が制御可能であるという歓迎すべきことであるが,データ分析を実施して予防接種を評価・計画する立場で考えれば,それは研究デザインからモデリング,結果解釈に至るまで相当のケアをしなければいけないことを意味する.本稿では,数理モデルを活用した予防接種の評価研究に関する最前線の理解を得るために,基本的な考え方を読者諸氏と共有する.