著者
工藤 岳 横須賀 邦子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.49-62, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
23

高山生態系は地球温暖化の影響を最も受けやすい生態系であり、気候変動は高山植物群落の生物季節(フェノロジー)を変化させると予測される。北海道大雪山国立公園では、市民ボランティアによる高山植物群落の開花状況調査が長期間行われている。風衝地2カ所と雪田2カ所の計4群落で6年間に渡って記録された開花日のデータを解析し、群落構成種の開花に要する温度要求性(有効積算温度)、開花日の群落間変動、年変動を解析した。高山植物の開花は、種や個体群に特有の有効積算温度で表すことができた。風衝地群落の開花は気温の季節的推移によって規定されており、温暖気候であった2010年にはほとんどの種で開花開始日の早期化と群落レベルの開花期間の短縮が生じていた。一方で、雪田群落の開花は局所的な雪解け時期とその後の温度変化の双方で規定されていた。すなわち、気温の季節推移と雪解けパターンから植物群落の開花構造が予測できることが示された。しかし、生育期の気温と雪解け開始時期に明確な対応関係は認められず、雪田の雪解け時期は場所や年によって変動した。寒冷な夏は雪田プロット内の雪解け進行速度を緩やかにし、その結果、種間の開花重複が高くなる傾向があった。一部の種では開花に要する温度有効性に個体群間変異が認められ、開花特性の分化が起きていることが示唆された。以上の結果より、気候変動が高山植物群落のフェノロジー構造に及ぼす影響を予測するには、気温の季節推移、雪解けパターンの地域性、個体群特有の温度要求性を考慮することの重要性が示唆された。