著者
水川 瞳 広渡 俊哉 坂本 佳子 橋本 里志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.241-255, 2010-12-30

スイコバネガ科Eriocraniidaeはほとんどの種がカバノキ科とブナ科の植物を寄主として利用しており,カバノキ科植物に注目すると,日本ではオオスイコバネEriocrania semipurpurellaなどがシラカバBetula platyphylla,ハンノキスイコバネE.sakhalinellaがケヤマハンノキAlnus hirsutaを寄主とすることが知られている.最近の著者らの研究により,カバノキ科のアカシデCarpinus laxifloraを利用するスイコバネガが東海地方と紀伊半島に生息することが明らかとなった.成虫の形態を比較した結果,アカシデを利用するスイコバネガは,後翅の鱗粉が細長いなどの派生形質をオオスイコバネと共有し,オオスイコバネにもっとも近縁であるが,明らかに小型で,♀交尾器のバジナルスクレライトの形態にも差が認められることからEriocrania属の未記載種であろうと考えられた.さらに,大阪府和泉葛城山でアカシデの他にイヌシデC.tschonoskiiから,愛知県段戸高原でサワシバC.cordataといった同属のシデ類からも,スイコバネガ科の幼虫が採集された.これらの幼虫と成虫の対応やオオスイコバネとの関係を明らかにするために,ミトコンドリアDNAの解析(COIおよびND5領域)を行った.その結果,イヌシデ,サワシバなどのシデ類を利用するスイコバネガ類はアカシデを寄主とするものと同一種であり,シラカバを利用するオオスイコバネとは姉妹群関係にある可能性が高いことが推定された.また,両種の分岐点までの遺伝的距離(D)は,ND5およびCOI領域でそれぞれD=0.028,D=0.036であった.Eriocrania carpinella Mizukawa,Hirowatari&Hashimoto sp.nov.アカシデスイコバネ(新称)寄主植物:アカシデ,イヌシデ,サワシバ分布:本州(愛知県,三重県,奈良県,大阪府)成虫は日本産スイコバネガ科の中でも小型(開張6-8mm)で,オオスイコバネ(開張10-14mm)と比較すると前翅の青みが強い.成虫は4月中〜下旬に出現し,幼虫は5月上旬にアカシデ等のシデ類の葉に潜孔する.幼虫は成熟すると葉から脱出して地表へ落下し土繭を作ってほぼ1年を通じて翌春まで地中で過ごす.そのため,一般的にはスイコバネガ類では飼育による幼虫と成虫の対応が困難である.しかし,一部の幼虫については飼育によってアカシデを寄主とすることが明らかになり,さらに分子データによる解析からサワシバとイヌシデを寄主植物として利用しているものと同一種と考えられた。シデ属Carpinusの植物を寄主とする種としてはヨーロッパ産のEriocrania chrysolepidellaが知られているが,極東地域においてシデ属植物を利用する種が見つかったのは初めてである.本種は,カバノキ類を寄主とするオオスイコバネの極東における分布南限である中部山岳地帯のさらに南部の限られた地域(東海地方と紀伊半島)に,オオスイコバネとは異所的に分布している.形態と分子データから両者は姉妹群関係にある可能性が高いことと遺伝的距離に基づく年代推定から,鮮新世の寒冷な時期に共通祖先から寄主転換によって分化し,その後,東海地方や紀伊半島に分布が限定されたと想定された.この仮説については,今後ヨーロッパやロシア沿海州などの材料を含めてさらに検証する必要がある.
著者
水川 瞳 広渡 俊哉 橋本 里志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.149-155, 2006-06-30
被引用文献数
1

1989年と2002年の4月下旬に,大阪府和泉葛城山において特異な斑紋をもつスイコバネガ科の成虫が採集された.翅脈の特徴から,この種がスイコバネガEricrania属に含まれること,また,雌雄交尾器などから新種であることが明らかになったので記載した. Eriocrania komaii sp. nov. ムラサキマダラスイコバネ(新称) 本種は,前翅に金色の条線が融合し網目状となる(暗紫色の小斑点を多数もつ)こと,ビンクルムから前方に伸びる一組の突起が幅広いこと,雌交尾器の産卵管が幅広いことなどで同属の他種と区別できる.また,本種成虫の採集からおよそ3週間後,採集地点付近でバラ科のウラジロノキに潜葉しているスイコバネガ科の幼虫が採集された.筆者らは和泉葛城山には本種の他にアカシデに潜る種(Eriocrania sp.)とブナに潜る種(イッシキスイコバネIssikiocrania japonicella Moriuti)が同所的に生息することを確認しているが,これら2種の成虫は4月上中旬に出現するのに対して,本種成虫は4月下旬にミドリヒゲナガやムラサキツヤマガリガなどとともにコナラの花に果ていたところを採集されており,幼虫の出現時期もずれていた.これらのことから,ウラジロノキに潜る本科の幼虫は本種の可能性が高いと推測された.スイコバネガ科はブナ科とカバノキ科の植物を主に利用することが知られている.これまでにもDavis (1987)と黒子(1990)がバラ科植物に潜るスイコバネガ科の幼虫について報告しているが成虫の記録はない.本種成虫と潜葉していた幼虫の関連が明らかになれば,スイコバネガ科の寄主植物について重要な情報となる.
著者
橋本 里志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.111-123, 1984

Alucita属は広く全世界から知られ,100種以上の記載種から成る大きな属である.従来,わが国からは3種が知られていた.うち2種,ヤマトニジュウシトリバ(Alucita japonica)とアヤニジュウシトリバ(Alucita flavofascia)は日本からのみ知られ,残りの1種,ニジュウシトリバ(Alucita spilodesma)は東洋区を中心に分布している.今回,琉球列島から得られた2新種を記載すると共に,Alucita属の記載ならびに既知種3種の交尾器を図示し簡単な説明を与えた.また,日本産Alucita属を成虫の形質に基づいて,次の2つのグループに分類した.グループA:単眼を有すること,前翅のSc脈は基部より遊離すること,雄後翅にanal foldを持つことによって特徴づけられる.A.pusilla, A.japonica, A.spilodesmaの3種が含められる.グループB:単眼を欠くこと,前翅のSc脈とR1脈は基部あるいは基部から1/3の所で融合すること,雄前翅にcostal foldを持つことによって特徴づけられる.A.straminea, A.flavofasciaの2種が含められる.Alucita pusilla HASHIMOTOは白地にオリーブ色の斑紋を持つ,開張およそ7mmの小蛾である.本種は雄交尾器において,ヤマトニジュウシトリバ(A.japonica)に似るが,成虫の大きさによって容易に区別される.分布:西表島.Alucita straminea HASHIMOTOは成虫の色彩において,アヤニジュウシトリバ(A.flavofascia)に似るが,アヤニジュウシトリバから,頭部にオレンジ色の帯を持たないこと,前後翅に褐色を帯びた紫色の斑紋を欠くことにより区別される.分布:石垣島,西表島.