著者
武 倩
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.51-60, 2016-01-15

『本草和名』は、九一八年頃に、深根輔仁によって著した薬物辞書である。本書は江戸幕府の医師多紀元簡によって紅葉山 文庫で発見されるまで、長く所在不明であった。元簡は古写本を校訂し、版行したことによって世に広めた。 現在最も多く利用されているテキストは、『日本古典全集』所収の複製本(全集本)である。その底本となるのは、森立之 父子が書き入れをした版本である。 武倩 (二〇一三)「『本草和名』の諸本に関する一考察 ―万延元年影写本と全集本との関係を中心に ―」(『訓点語と訓点 資料』一三一)では、台北故宮博物院と無窮会専門図書館神習文庫所蔵の写本(万延元年影写本)を紹介しており、全集本 との関係についても考察を行った。ただし、全集本底本の所在を突き止めることが出来なかった。 その後、森立之父子書入れ本が松本一男氏の所蔵に帰したことが分かり、『松本書屋貴書叢刊』にオールカラーで影 印出版 されていることも明らかになった。 本稿は、この『松本書屋貴書叢刊』所収のカラー版(松本書屋本)を用いて、これまでの書誌研究を見直したものである。 第二章では、蔵書印を手掛かりに、松本書屋本の所蔵経緯を整理する。第三章では、識語・書入れなどを分析し、小島本 との密接な関係を述べる。第四章では、森立之によって行われた校訂をめぐって、詳しく考察する。 これらによって、本研究が今後の研究の手掛かりとなることを期待している。
著者
武 倩 劉 冠偉
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.18, pp.49-61, 2018

『本草和名』(918年頃)は日本現存最古の本草薬名辞典である。唐の勅撰本草『新修本草』を範にとり,『食経』等によって増補され,千種以上の薬用動植鉱物を収録している。漢名を見出し語に,下に別名,万葉仮名和訓,産地を注記する体裁をとっている。漢名に和名を対照させたことが本書の大きな特徴で,国語国文学や博物学など幅広い分野の研究に貢献できる。本稿は,『本草和名』データベースに基づき,本書に記載されている薬用動植鉱物の漢名と和名について,考察を行った。考察に当たって,「松本書屋本」を底本に用いたが,「万延元年影写本」との間にある異文も合わせて提示した。『本草和名』は本草書にある薬の性味・効能・採取時節などに関する記述を省略するものの,薬の名称をなるべく多く蒐集しようとする特色がある。この点について、先行研究では断片的に指摘されているものの,詳しい検討はこれまでになされていなかった。そこで本研究では,本書所載の漢名を見出し項目の漢名と項目内の漢名に分けて検討を行った。まず,見出し項目を『新修本草』の編次に対照し,項目数を再計算した。そこから項目内の漢名を,データベースの活用によって,形式上分類・計量することが出来た。更に漢名列記の形式として「一名~」と「無標記」が最も多く,その他の形式には「並列式」「定義式」「部位別式」「地域別式」の四種類があると指摘した。これらの成果は,本書における漢名列記の形式を分析した初めての研究として注目に値する。本書に記載されている和名は,平安時代の語彙と音韻を反映する重要な語学資料である。関連する文献との比較調査によって,これからの国語学の研究に貢献することが期待される。本研究では,手始めとして,本書の和名に対しては,その注記率や万葉仮名使用状況を統計した。今後は,本データベースの改良に励むと共に,他文献データベースとの連携を図り,調査を進展させたい。